本研究の目的は、研究者・技術者の流動性と社会構造、文化構造の関係について検討することにある。これまで研究者・技術者の転職、定着については、彼らを取り巻く社会的環境が流動的であるか否かが影響するという仮説の下、低流動性社会である日本、高流動性社会である米国シリコンバレー、中流動性社会であるフランスについて比較研究を行ってきた。社会的流動性を規定する要素は社会構造や雇用制度のみならず、彼らの中に共有されている規範、制度的要素などの文化構造との相互作用が重要な影響を及ぼすと考えられ、研究者・技術者の流動性を多様な要素から分析を行った。具体的には2012年度にフランスの研究者らと共に行ったフランスのエンジニア調査の結果を深く解釈するために、多くのエンジニアへのインタビュー調査を行った。その結果、フランスのエンジニアは、大学入学資格試験であるバカロレアの試験で上位に入らなければ、難関校であるグランゼコール(将来のエリート育成目的の学校)に入学するための予備校に入ることができず、その予備校を経て、グランゼコールに入り、そこを修了することで「エンジニア」という特別な資格を取得することができるという、非常に選抜的で社会的承認度の高い資格が「エンジニア」であることがわかった。「エンジニア」資格を取得した人々の多くは高所得者になるが、中には組織の威信が高い公的機関、国際機関などに勤める人々もおり、必ずしも経済的報酬だけを求めていないことがわかった。また、フランスの「エンジニア」の多くは入職時から特別な管理職(カードル)になる(最初は低位のカードル)。彼らは大企業に勤める場合、転職する人々は少なく、内部労働市場の中で昇格していく。たとえば、大手自動車会社に勤める「エンジニア」は転職経験がない者が多く、日本のような傾向が見られ、長期勤続者が多い。そして、内部昇進、遅い昇進もあることがわかった。
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