平成29年度では、まず平成28年度の研究結果を補強し、文化人類学者Laveらが示した職人の徒弟制度のようなコミュニティの中でのスキル習得とアイデンティティの確立という考え方が、技術専門職の成長プロセスにおいても受容可能であるという結論を得た。次に管理職においてはまず、人と人との関係性に焦点を当てることが重要であり、そのための考察の枠組みとして、「複数の関連する要素がダイナミックに目的を達成している様を示すシステムという概念」を導入し、ナレッジマネジメントについて考察した。野中のナレッジマネジメントでは、知識を「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロセス」と定義した。一方、本研究では、システム概念を導入することにより、野中らの哲学的な理解の困難性を回避し、「知識=システム=プロセス」という実践的な見方を提案した。そして英国において政策立案マネジメントに官僚として携わったVickersが主張した「人が社会との係わりの中で他者や組織の真の価値を探求するアプリシエーション・プロセス」という考え方に注目した。さらに技術専門職におけるアイデンティティの確立との対比で、管理職においてはアプリシエーション・プロセスにおける経験から構築されるパーソナリティの確立に注目した。 すなわち、システム概念を導入することにより、ナレッジマネジメントにおけるプロセスという視点をより明確にし、そこでの管理職の価値判断の基準である価値観の再生産がアプリシエーション・プロセスのなかでの経験に依拠していることを明確にした。管理職の価値観という暗黙知は、経験からの学習のように結果が蓄積されるのではなく、更新または新たに生産されるということを意味しており、そのような価値観適用の結果がパーソナリティとして観測可能であり、まさに社会との係わりの中で構築されるものであるという結論を得た。
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