本研究の目的は,「包括利益の表示に関する会計基準」の適用後において包括利益およびその他の包括利益情報の有用性に変化がみられたか否かを事後的に検証することにある。実証分析を行うにあたっては,先行研究で用いられてきた分析方法,およびそこから導かれた分析結果がいかなるインプリケーションを与えうるのかを適切に解釈し,その内容を踏まえた上で研究目的に適した分析を行うことが必要となる。 そのため本年度は,実証分析を具体的に行うに先立ち,当期純利益と包括利益の有用性を検証する目的で行われてきた先行研究が用いてきた分析枠組みの整理を試みた。なお本年度においては,基準適用後のデータに基づいて行われた研究も見られるようになったため,そうした研究が用いている分析枠組も検討の範囲に含めている。 検討の結果,会計情報の有用性を検証するにあたって,先行研究では回帰係数をゼロとする帰無仮説を検定する手法が中心となっていることが改めて確認された。しかしながら,福井(2012)が指摘するように,こうした分析枠組みでは,データ数が多ければ,差がゼロという帰無仮説が棄却されることが約束されていることが問題点としてあげられる。 そのため,こうした問題を回避するために,先行研究で用いられてきた係数をゼロとする帰無仮説を検定する手法ではなく,福井(2012)の提示する二重片側検定を会計情報の有用性を検証する際の新たな分析枠組みとして用いることの意義と可能性について検討した。
|