本研究の目的は,「包括利益の表示に関する会計基準」の適用前後において包括利益およびその他の包括利益情報の有用性に変化が見られたのか否かを事後的に検証することである。 研究計画の最終年度である本年度は,昨年度までに実施してきた実証分析の内容を精緻化し,頑健性を検証するとともに,それに関する論文の投稿過程で得られた査読者からのコメント内容から派生した新たな共同研究も実施した。 それは,株価や株価リターンに対する説明力に基づき(その他の)包括利益情報の有用性を検証するアプローチではなく,アナリストの利益予想に焦点をあてて,包括利益情報の有用性を検証するものである。すなわち,包括利益基準の適用前後でアナリストの(1期先)利益予想の精度(予想値と実績値の差の絶対値)が変化したのか否か,もし変化したとすれば,基準適用後にそれが改善したのか否かを明らかにする目的で実証分析を実施した。 包括利益基準の適用前4年(2007-2010年),適用後4年(2011-2014年)を分析期間,個別決算企業をコントロールサンプル,連結決算企業をトリートメントサンプルとする差分の差分析(Difference in Difference Test)を実施した結果,包括利益基準の適用前後でアナリストの利益予想の精度に有意な差はないことが示された。 ただし,分析に用いたデータが東洋経済予想に限定されていること,さらにコントロールおよびトリートメントサンプルの選択方法に改善の余地が残されていることなどから,ここで示された結果は限定的に解釈すべきである。今後残された課題は,実証分析を精緻化し,示された結果の頑健性を検証することである。
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