研究課題/領域番号 |
26380621
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研究機関 | 法政大学 |
研究代表者 |
川島 健司 法政大学, 経営学部, 教授 (80406652)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 財務報告 / 東日本大震災 / 印象管理 |
研究実績の概要 |
平成27年度(第2年度)には、第1年度に引き続き、東日本大震災の発生後に日本企業が発信した情報を収集、記録、および要約した。第1年度において、日本企業は東京証券取引所の要請である被災状況の開示を行う一方で、同時に、非被災企業も義援金や各種支援を表明する情報を発信していることを発見した。これは研究計画当初には想定していなかった事実であり、その詳細な観察と分析は本研究の独自性を高めると判断したため、本年度はとくにその非被災企業による開示情報の詳細を記録・要約した。 それにより明らかにしたことは次のとおりである。第1に、東日本大震災の直後1ヶ月間において東京証券取引所の「適時開示情報」として開示された当該災害に関する3,525件の情報のうち、585件(16.6%)は義援金の拠出を適時開示情報として公表する内容であった。第2に、自然災害による被害状況の開示でありながら、企業によってはその情報開示の際に謝罪や努力に関する文言が含められていた。例えば、「お詫び」「ご迷惑」「ご心配」「全力で取り組む」という表現である。 以上の非被災企業における開示実務は欧米企業には見られない開示実務であり、このデータを用いて印象管理(impression management)の観点から本研究を発展させる可能性がある。そこで本年度においては、財務報告における印象管理に関する文献のレビューを行った。財務報告における印象管理とは、財務報告の発信者がその利用者の解釈を管理しようとする試みである。既存研究では多様な状況下での印象管理について研究されてきており、代表的には新規公開株式の公募、経営者交替、経営者報酬の増額、財務的困窮などの状況下における分析を確認した。以上により、本研究において大規模災害時における印象管理の内容と効果を分析することによって、既存研究を拡張させる機会が存在することを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究の進捗は、当初の研究計画より遅れている状況である。理由は次の2点である。 第1に、研究実績の概要で記述したとおり、当初に想定していなかった発見事実があり、かつそれが本研究の独自性を高めるうえで重要な事項であると判断することから、研究の内容と計画を修正する必要があるためである。ただし、その修正は本研究全体のテーマや趣旨を変更するものではない。 第2に、当年度初期(平成27年4月)から米国カリフォルニア州のカリフォルニア大学バークレー校において在外研究に従事することとなり、当初の研究計画で予定していた東北地方における財務報告実務者へのインタビュー調査が予定通り実施できなかったことによる。 新たな発見事実に関係する既存研究のレビューを行い、分析の準備を進めている状況である。
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今後の研究の推進方策 |
第3年度においては、東日本大震災時における日本企業の印象管理の内容と効果を分析する予定である。例えば、東日本大震災の発生後、上場企業のなかにはいわゆる復興特需によって業績が震災前より好況に転じた事例がある。日本における災害時の状況においては、災害に関わる経済的・社会的事情や被災者への心情に鑑み、好業績でもそれを消極的に開示する可能性がある。あるいは、保守的な会計手続き選択が採用されることを通じて、報告利益を控えめに報告する動機を持つ可能性も考えられる。仮にそうした事実が確認されれば、世界的に見ても特異な日本的財務報告実務として特徴づけられる可能性がある。 研究手法としてとくに着目しているのは、2014年にThe Accounting Review誌に掲載されたHuang et al. (2014)の研究である。その分析では “Tone Management”という概念が提唱され、企業はプレスリリースにおける記述のトーン(tone)をどのように調整し、それが投資家にどのような影響を与えているかが検証されている。この研究の操作変数である“abnormal positive tone”(ABTONE)は、本研究における印象管理の分析においても援用できると考えている。 また、私は主に2012年度から2013年度にかけて、財務報告におけるグラフの利用実態に関する調査を行った。財務報告実務におけるグラフの利用に関する研究分野では、グラフの活用と印象管理との関係を分析したものがある。本研究でも東日本大震災の発生前後でグラフを活用した印象管理が行われていたか否か、あるいは行われていればその内容と効果をも分析する機会を有する。これにより、大規模災害時における印象管理の分析がより多角的に行えると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
第1に、当年度初期(平成27年4月)から米国カリフォルニア州のカリフォルニア大学バークレー校において在外研究に従事することとなり、当初の研究計画で予定していた東北地方における財務報告実務者へのインタビュー調査が予定通り実施できなかったことによる。 第2に、当初の計画では想定していなかった発見事実のため、研究の内容と計画を修正し、このためにインタビューの実施時期の延期等による研究の遅れが生じているためである。
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次年度使用額の使用計画 |
修正後の研究計画にもとづき、当初の計画で予定していたインタビュー調査を可能な限り本年度に実施する。
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