本研究は、公正価値会計が製造業に与える影響を分析することを目的としている。国際会計基準第16号は、すべての有形固定資産の当初認識後の測定方法として、原価モデル(取得原価による測定)と再評価モデル(公正価値による測定も加味)のいずれかの選択適用を求めている。本研究では、(1)有形固定資産の会計を中心に、それと密接に関連する他の項目(開発費、無形資産など)を取り上げ、公正価値会計に内在する特性を明らかにし、(2)公正価値会計が、わが国の産業界(製造業)に与える影響、(3)資産負債の公正価値測定と製造業における稼得利益(純利益)計算の関係について考察した。この考察の結果得られた理論的成果は以下のとおりである。①保険会社や銀行等の金融部門では、ALM(資産負債管理)に典型的に現れているように、経営上の意志決定において資産・負債の公正価値(時価)情報がきわめて重要な意味をもつ。一方、製造業の場合、財・サービスの製造販売活動を支えている設備資産は継続使用が前提であり、その時価の短期的変動に情報価値はない。むしろ有形固定資産の時価の変動を稼得利益計算に含めるならば,経営成果(効率)の指標である稼得利益が市場価格の変動によって攪乱され、その情報価値が低下することになる。②このような情報特性をもつ製造業の会計に対しても資産負債の公正価値の測定を前提とした各種の処理方法(減損会計、リース会計、退職給付会計、資産除去債務会計等々)が次々に導入されてきた。その結果、現在の稼得利益計算は、かつての配分計算によるものではなく、市場連動型稼得利益計算とでも呼ぶべきものに大きく変質している。そして③国際会計基準委員会が2000年代に追求していた全面公正価値会計は、目下のところ稼得利益計算と資産負債の公正価値表示を組み合わせた「混合会計」の形で落ち着いている。これは金融部門の情報要求を反映している。
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