本研究は近代ヨーロッパにおいて、クラシック音楽のコンサートが劇場と関わりながら成立した過程を考察することを目的とし、「クラシック音楽」が生み出された社会的および美学的背景を解明するものである。平成28年度は特にクラシック・コンサートを支えた基盤としての劇場の役割に焦点を合わせて資料収集および考察を行った。劇場とは、単に現在のような「芸術音楽」の殿堂としてのオペラハウスを意味するのではなく、当時のオペラ劇場がポピュラー・カルチャーの要素を多分に含んでいたことが様々な断片的資料からも明らかとなった。また、居酒屋やカフェ、さらにリゾート地の娯楽場においてもオペラが重要なレパートリーとなっていたことも確認することができた。ロンドン初のミュージック・ホールがオペラを上演することでそれまでの居酒屋と差別化しようとした事例からも、当時の「劇場」にあたるものの多様な広がりが理解できる。19世紀の様々な劇場は、まじめなオペラから娯楽要素の強いショーに至るまで、会場ごとに幅広い催しを提供した。そうした場では一部の演目が共通していただけではなく、歌唱の発声法にも共通性が見られた。19世紀後半には芸術的ジャンルと娯楽ジャンルとの分化が見られたが、いずれにおいても声量を出せるオペラ歌唱が基本的メソッドとして採用されており、それは20世紀のブロードウェイの上演にも影響を与え続けた。この側面に注目して、歌唱の発声法とテクノロジー(マイクロフォンとアンプ)の導入、そしてジャンル形成との関係を考察し、成果の一部として論文にまとめた。
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