本研究の目的は,加齢に伴って低下する認知資源と,認知心理学研究で観察されるポジティビティー効果,そして幸福感との関連をパネルデータ参加者を対象に検証することである。今年度は過去2年間の研究知見にもとづき,76歳を中心とした年齢層のパネル調査参加者を対象に,2つの実験課題をおこなった。感情ストループ課題では,中性刺激やネガティブな刺激より,ポジティブな刺激に干渉を受けやすいポジティブ優位性が確認された。興味深いことに,この傾向は認知資源や幸福感の低下によって強まる傾向にあった。また,コントロール幻想課題では統制不可能であるにも関わらず,パネルデータ参加者が非常に高いコントローラビリティー評価を示すことが確認された。この錯覚は認知資源や幸福感の低下によって弱まる傾向にあった。両者の課題の違いは,評価をオンラインでする必要があるか否かと考えられ,回顧的に判断を行う必要がある場合はポジティブ優位性の出現には認知資源が必要であるが,オンラインで判断を行う必要のある場合はむしろ認知資源に乏しい場合にポジティブ優位性が強まることが示唆された。これらの知見にもとづき,一見矛盾する実験結果を説明するために,先行研究のレビューと平行して,ポジティビティー効果の概念を整理と新たな二重過程モデルの構築をおこなった。ポジティビティー効果の生起メカニズムについては,現在もなお広く議論がなされているが,本研究の知見から,過去研究を包括的に理解する手がかりが示されたといえる。
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