今年度は、自閉症スペクトラム児における社会性の問題との自伝的記憶の想起の関係性について検討を進めた。知的障害のある自閉症スペクトラム児19名(平均年齢16.8歳)と知的障害児26名(平均年齢15.9歳)、合計45名(平均年齢16.2歳)を対象とした。ポジティブ、ネガティブな感情に関する単語、及び時代区分に関するテーマ(小学校時代、中学校時代等) 、合計14個を口頭で順に示して、各々に関して自分の経験した特定の出来事を想起するように指示した。想起された出来事において、特定の出来事を想起できたか否か(以下、特定性と記す)、いつ、どこで、だれが、どうした、といった情報が含まれていたか否かと自閉症状の有無、心の理論課題の通過の有無との関連について、Mann-Whitney U検定を使ってそれぞれ分析した。その結果、想起された出来事の上記の項目と自閉症状の有無との間に有意な関連性は見られなかった。一方、想起された出来事と心の理論課題の通過の有無については、ポジティブな単語に関する出来事との想起を行った際に、心の理論課題を通過した対象児において特定の出来事が想起された数が、心の理論課題を通過しなかった対象児において想起された特定の出来事の数を有意に上回っていた(p<0.05)。なお、その他の項目と心の理論課題との間には有意な関連性はなかった。 心の理論は自他理解と密接に関連していると考えられている。そうした自他理解と自伝的記憶の想起内容の詳細さとが関連している可能性は、自伝的記憶が「自らの経験した出来事に関する記憶であることから充分にあり得ることと思われる。一方で、ポジティブな単語や時代区分に関するテーマを提示した際にはそうした有意差は見られなかったことから、どのような手がかりを提示した際に想起される出来事の詳細さが変化するかについては今後の課題としたい。
|