研究課題/領域番号 |
26380963
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研究機関 | 京都橘大学 |
研究代表者 |
上北 朋子 京都橘大学, 健康科学部, 准教授 (90435628)
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研究分担者 |
坂本 敏郎 京都橘大学, 健康科学部, 教授 (40321765)
佐藤 鮎美 京都大学, 文学研究科, 教務補佐員 (90638181)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 共同注意 / ターンテイキング / 探索行動 / デグー / 乳児 |
研究実績の概要 |
本研究は、言語を持たない齧歯類Octodon degusと言語獲得前の乳児を対象として、人間の社会性の発達の基盤となるターンテイキングと共同注意の神経基盤を探ることを目的としている。 乳児期における共同注意の発達には個人差があり、その個人差が後の心の理論発達や言語発達に影響を与えるという報告もしばしば報告されている。しかしながら、共同注意の個人差が何故もたらされるのかは未だ明らかにされていない。そこで本研究では、個人差をもたらす環境要因に着目し研究を進めている。 同機能に関するデグーを対象とした実験では、新奇物体探索時における母親と仔のインターラクションが探索行動に及ぼす影響を検討した。仔単独での探索に比べ、母一緒での探索時により活発な探索を行うことがわかった。探索行動の違いは、特に6週齢目に大きな違いがみられた。仔単独条件で、巣から出るまでの時間と物体までの時間が急激に長くなり、探索頻度も激減した。一方、母一緒条件では探索頻度は少し減ったが、それほど大きな変化はなかった。この結果は、母親の存在が仔の物体に対する注意を促すことを示しており、この時期にデグーの共同注意の心的機能の萌芽がみられる可能性を示唆した。また、生後まもなく短時間の母子分離を繰り返し経験したデグーでは、新奇物体の探索頻度について母親と一緒か単独かの条件による違いがみられなかった。このことは、隔離操作が、共同注意に負の影響を与えることを示唆している。 また、実験動物として広く使用されているマウスおよびラットを対象に、社会行動の発達と神経基盤に関する研究を進めた。マウスの若齢期において母性ホルモン・エストロゲン受容体βの発現を内側視索前野および内側扁桃体において抑制すると、思春期および成熟期での攻撃行動、生殖行動に異常が見られた。また、ラットの前頭葉前帯状皮質を損傷すると、長期の社会記憶に障害が生じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
社会行動(他者理解)の神経基盤に関しての研究を進めるために、当初予定したヒト乳児および齧歯類デグーの他に、ラットおよびマウスも研究対象とした。これにより、社会行動を担う脳内メカニズムに関して、脳領域の特定および内分泌システムの理解を進めることができた。 マウスを対象とした研究では、周生期のオキシトシンが幼児期でのマウスの社会情動行動に果たす役割を検討した。現在のところ、生後24時間以内のオキシトシン投与が、社会的報酬を強化することが示されている。ラットでは、前帯状皮質損傷が社会行動に及ぼす影響を特に記憶を軸に調べ、社会記憶テストと物体記憶テストに対する損傷の効果を検討した。物体記憶は記憶保持時間に関わらず正常であったが、社会記憶は3分、30分の保持時間では正常であったが、5日間の保持時間をもった場合に、損傷群に異常が見られた。このことから、前帯状皮質が長期の社会記憶に関わることが示された。 デグーを対象とした実験では、デグーの仔が母親を安全基地とした探索を行うかどうかを調べ、さらに、その探索行動に及ぼす隔離経験の効果を検討した。仔単独での探索に比べ、母一緒での探索時により活発な探索を行うこと、隔離を経験したデグーでは母親を安全基地とした探索が行われていないことが明らかとなった。しかし、この隔離の影響は発達に伴い、消失した。 また乳児を対象とした研究で、特に本研究で着目しているのが、乳児が1日の中で最も長く携わり、また研究的統制が比較的容易である「遊び」環境である。本年度は、まずデジタルデバイスを用いることにより、乳児に対する誘意性を統制したアプリケーションを作成した。その後、それを用いた母子の自由遊び場面を設定し、母子の相互作用を観察することで、誘意性が母親の視線行動、および乳児の視線行動に影響を与えることを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度には、デグーの前頭葉損傷が社会的ターンテイキングに及ぼす影響を検討する予定である。27年度にラットを対象に行った損傷実験において、前頭葉前帯状皮質がターンテイキングの頻度が増加する可能性を示唆した。しかし、この変化は記憶の障害による可能性が高い。前頭葉損傷が、社会記憶への影響か社会行動の異常を引き起こすかを区別しながら、損傷の効果を検討していく予定である。また、マウスを対象として、幼児期および成熟期での雄マウスの社会的認知課題に、オキシトシン受容体およびNMDA受容体の果たす役割を検討する予定である。 乳児を対象として、これまでに「環境」の中でも「状況設定」というハード面が乳児の共同注意発達に及ぼす影響を検討してきた。しかしながら、検討を進める中で、使用するツールよりもそれを使用する人がどのように使用するかというソフト面の方がより乳児の共同注意生起に影響を与えそうであることが明らかとなってきた。それゆえ、今後、更に分析を進め、乳児の共同注意生起に大人のどのような行動が最も影響を与えているのかを検討する。 NIRSによる脳活動イメージングについては、本年度、大学生を対象に認知課題中(計算課題)と感情課題中(表情の弁別)の前頭葉の活動を測定し、感情課題中においてのみ、前頭葉の左領域において中央領域よりも活動性が高まることを明らかにした。今後は、社会的な刺激を受けながら課題を行う際の前頭葉の活動を測定し、他者の存在下での認知作業時における前頭葉の働きを明らかにしていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
設備備品としてミュージックキャビン社製の防音箱の購入を予定していた。これは、聴覚刺激に敏感なデグーを対象とした行動実験を防音性の高い環境で行う必要があると考えたためである。しかし、先行実験において、生後間もない幼齢個体が新奇環境に対して極度の不安を示したことにより、防音箱での行動実験は動物本来の行動を引き出すために適切な実験環境でないと判断した。行動実験を住み慣れた環境である飼育室内において行い、当該備品の購入を行わなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度未使用額は平成28年度請求助成金と合わせて、より有用性の高い物品の購入にあてる。具体的には、手術用顕微鏡を購入予定である。現在、脳損傷手術時に用いている手術用顕微鏡の手元作動域が低いため、より作動性の柔軟な小型顕微鏡の購入を希望している。これにより、手術時間の短縮と実験者の疲労軽減が見込まれる。
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