本研究の目的は、日本におけるリテラシーの歴史的形成過程について、可能な限り実証的に明らかにすることである。このため、具体的には以下の二つの方法により調査・研究をおこなってきた。①近世における初歩的な読み書き教育の過程を知りえる資料を収集し、その内容を分析すること、②明治期の地方自治体がおこなった自署率調査の結果を分析し、これを当該地域の産業構造および学校教育と関連づけて検討すること。 最終年度においては、①に関連して、長野県、新潟県における近世前期の往来物に関する資料調査をおこなった。この結果、近世前期に成立した特異な往来物である目安往来物に関して、これまで認識されていなかったもの数種類を確認することができた。また、当該往来物の所蔵家に関する資料調査などをおこなった。 研究期間全体を通じてみれば、①について、福井県内の調査において進展をみることができた。とくに、福井県文書館が所蔵する「木村家文書」のうちに、寺子屋門弟の読み書き学習の過程を詳細に復元し得る資料を見出すことができたことは大きな成果であった。今後の研究に継続することのできる資料であるといえる。 近世日本の往来物(読み書き教材)においてきわめてユニークな存在となっている目安往来物についても、継続的な調査研究をおこない、単著の著書(『闘いを記憶する百姓たち-江戸時代の裁判学習帳-』)を公刊した。またその過程で、これまで知られていなかった目安往来物を発見するにいたった。 ②については、これまで収集してきた資料についての分析および考察をおこなった。その結果、研究期間中いくつかの論文および著書を公刊することができた。詳細は別に記すが、『書籍文化とその基底』『講座明治維新 第10巻』、『日本「文」学史 第二冊「文」と人々』などの著書を分担執筆し、また「識字の歴史研究と教育史」など、3編の論文の執筆・公刊に至った。
|