ダイアーは帰国後,日本での体験にもとづいて,①日英交流の推進,②日本研究,③グラスゴウ技術教育改革を推し進めた。 具体的には,①グラスゴウ大学日本語資格試験の導入,工部大学校お雇い造船学教師P.A.ヒルハウスの推薦,日本政府の帝国財務及工業通信員として日本財政経済の紹介にあたった。②母国英国と比較して日本研究を深め,日本から学んだ教訓を英国社会改革に役立てようとした。とくに日本の成長における教育の役割を重要視した。③グラスゴウ・西部スコットランド技術カレッジの創設(1886年)のさい,工部大学校における実践(教育課程,実験室教育,サンドイッチ方式など)を移し入れたようとした。
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