研究課題/領域番号 |
26381071
|
研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
平井 貴美代 山梨大学, 総合研究部, 教授 (50325396)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 教育委員会 / 学区 / 占領期沖縄 / 広域連携 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、戦後日本における地方教育行政の中核的な組織である教育委員会の制度化過程について、同時期に制度化が進行していた地方自治システムのなかに位置づけ直すことを通じて、その特質や課題を明らかにすることにあった。研究に着手した当初は日本政府内の省庁・部局間や占領統治機構内の部局・スタッフ間での認識の差異や分布に着目し、教育委員会制度として定着する以前、あるいは再編される過程での構想やアイディア、課題認識等から今日のあり得べきを教育自治制度の可能態を考察しようとしていた。しかし新たにGS(民政局)文書や地方自治史関係文書等を調査して政策形成に関わるアクターの範囲を広げて検討しても、当初想定していたほどの差異の分布が見られなかったことから、本土よりも米国統治機関が長く、影響力も大きかったと考えられる沖縄の占領期に研究範囲を広げ、本年度からは両者の比較分析を行うことに重点を移すこととした。 両者の比較研究から見えてきたことは、本土では部分的にしか実現しなかったCIEの改革構想がより完全な形で実現したのが沖縄であったと捉えられること、他方でUSCAR(米国民政府)の指令に対峙した琉球の政府や教育団体は、当時の沖縄が置かれていた文脈や本土の教育施策の動向を踏まえながら交渉を重ねて、米国型の制度を馴致させていったのであり、その経験からは米国型制度を日本に適合させるうえでの知恵を学ぶことができるということである。課税権はもたないが既存の自治体とは別法人としての区・連合区と、公選委員と文教局長・教育長からなる中央・地方委員会制度という最終的な着地点について、米国型が換骨奪胎された不完全な制度と見る従来の見方は妥当ではない。むしろ、一国多制度の自治システムにおける教育ガバナンスの選択肢として、積極的に評価すべきではないかと研究代表者は考えている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
引き続き平成27年度に絞り込んだ研究の方向性――占領期の本土と沖縄の教育委員会制度の成立・再編過程――を継続し、国会図書館憲政資料室での占領期文書の調査と沖縄の現地調査1回を行い、必要な資料をほぼ収集することができた。また平成27年度の学会口頭発表を論文にまとめて投稿し、公刊することができたのは一定の成果であった。 論文では、戦後占領下に独立した公法人としての「学区」を含む米国流の教育委員会制度の導入の是非が論点になった教育委員会法の制定過程や、市町村全面設置への対応策として教育委員会の範域の広域化が検討された経緯について焦点づけたが、その理由は一般行政分野において、既存の自治体をまたがる学校教育行政分野に特化した「教育自治体」や「教育政府」が構想されていることがある。「一国多制度」実現のネックとされるのは制度の多様化がもたらす制度コストと、一般目的の政府との調整コストの発生が行政の効率化の要請に逆行する点にあるが、教育分野では独立の行政委員会において執行されてきた経緯があり、コスト低減の経験知は他の領域に比較すると蓄積されていると、一般行政分野では期待されている。とりわけ米国の直接軍政下におかれた沖縄では、本土とは異なり、「学区」制度をはじめとする米国型教育行政システムが直接持ち込まれ、本土復帰までの十数年にわたり維持されたことから、さらに多くの経験知の蓄積が期待されるのである。しかし研究を進めていくうちに、コストの具体を見るためには当初予定していた制度の変遷を追うことだけでは十分ではないと考えるようになった。そこで研究期間を一年延長することとし、検討課題を広域連携の必要性の強い教員人事の問題にしぼり、米国型教育行政制度のもたらすコストの分析や、コスト低減のための方策を沖縄の事例等から分析することを残り一年間の課題に設定することとした。
|
今後の研究の推進方策 |
米国型教育行政制度のもたらす制度コストの具体や、コスト低減のための方策を沖縄の事例等から分析することの意義は、既述したように「一国多制度」のための技術的問題を検討するうえで有効であると考えたことにあり、その着想自体は今後も変わりがない。本土復帰前の沖縄において、連合教育区をたばねる教育長会が自発的に発展して(いくぶん推測も含まれるが)、「横型ネットワーク」として機能し、中央・地方の垂直的な統合関係に対してボトムアップ的なイニシャチブを発揮していたことは、コスト低減の優れた工夫であったと研究代表者は評価している。しかし今日の目から見れば、官僚統制と取引コストを抑えつつ広域の問題解決を相互調整的に担う理想的な制度にも映る同制度ではあるが、本土復帰を前に制度改編が進められた当時の沖縄では、人事行政上は弊害が多いシステムと見なされためか、その継続が議論された形跡はほとんど見られない。その一因として、教育分野を超える議論にはなるが、まさに1970年代という時代が、広域的人事異動が日本型経営のスタンダードとなりつつあったことも影響したのではないかと、現段階では推測している。 しかし上記推測を解明するためには、雇用システム全般についての先行研究の分析や新たな資料収集が必要となり、残された研究期間で実現することは到底不可能であろう。平成29年6月の日本教育経営学会の口頭発表では、復帰に向けた沖縄の制度選択の場面における、本土の教員異動政策の影響の有無や、沖縄独自の背景の存在等の問題について、仮説的な提案の一部に盛り込んで発表したいと考えている。教員人事行政の問題を日本型経営の雇用システムと関連付ける本格的な研究については、新たに中長期的な研究課題を設定して追究していきたいと考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度の業務過多による研究計画の遅れに加えて、平成28年度からは入試を担当する委員会業務が加わり、まとまった調査機関が確保できず調査が遅延し、学会での研究成果公表を繰り延べざるを得なくなった。研究課題を教育委員会の個別政策領域に焦点づけるにあたって、日本型雇用システムの先行研究の調査や新たな資料収集が必要となったことも、研究計画が予定通りに終わらなかった理由である。
|
次年度使用額の使用計画 |
平成29年6月に茨城大学で開催される日本教育経営学会大会において、研究成果を発表する予定であり、その一部において仮説的にこの問題を扱いたいと考えている。教員人事行政の問題を日本型経営の雇用システムと関連付ける本格的な研究については、新たに中長期的な研究課題を設定して追究していきたいと考えている。
|