研究課題/領域番号 |
26381123
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研究機関 | 東京学芸大学 |
研究代表者 |
金子 真理子 東京学芸大学, 教員養成カリキュラム開発研究センター, 准教授 (70334464)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | カリキュラム / 教師 / 科学 / 日本 / イギリス |
研究実績の概要 |
本研究は、社会において教育内容がどのように選択され、変容していくのかという問題を比較社会学的に検討するために、英国の義務教育の最後の二年間(キー・ステージ4)で必修の「科学」という科目のコースの一つ、Twenty First Century Science(以下、21CSと記す)に準拠した教科書の近年の変化に注目した。特に注目したのは、2011年刊行の第2版において、2006年刊行の第1版では繰り返し表れた「予防原則」(precautionary principle:「ある特定の人間行為に伴うリスクの結果がどれくらい深刻になるか、誰にもわからない時には、そのリスクをとらないでいること」)とALARA(as low as reasonably achievable:国際放射線防護委員会(ICRP)が1977年勧告で示した放射線防護の基本的考え方を示す概念)という二つの原則に関する記述が削除された点である。 以上の変化の背景には、科学教育の「理念・目的」志向から「消費者」志向への変化や、教師や生徒の間でのExternal Assessmentに対する依存度の増加等が挙げられる。さらには、「予防原則」や ALARAの削除は政府からの圧力や政治的理由によるものではないと付け加える関係者も複数いた。しかしながら、調査を進めると、このような変化がもたらされた背景には政府によるGCSE試験改革やレギュレーション組織の改編等が環境的/潜在的に関係していることがわかった。同時に、すべての‘プラクティカルな’変化は、政治的結果をもたらすこともわかった。 また、本研究では、日本におけるカリキュラム、教科書、教師文化についても、多様な角度から分析を行った。高校教師を対象としたインタビュー調査の分析とともに、英語教育を事例にしたカリキュラムの変容メカニズムに関する分析を試みた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
英国の教科書を分析することによって、教育知識の変容の過程、力学、ロジックを明らかにする作業を進めることができた。政治、経済、文化から相対的に独立し、客観的、中立的、普遍的内容とみなされる傾向が強い「科学」において、教科書の「特徴」や「違い」を浮かび上がらせることによって、教育知識の多様性と可変性を理解すると同時に、カリキュラムが社会・政治・経済・文化との関連で構築されるプロセスの一端を検討することができた。 日本の社会におけるカリキュラムへの制約については、教科書検定制度のみならず、教員を取り巻く制度と教員文化の変容に着目しながら、高校教師への聞き取り調査を進めた。また、以上の中心的作業と並行して、小学校への英語教育の導入過程を事例としたカリキュラム分析にも着手することによって、カリキュラムの変容のロジックとその社会的背景を探るための手がかりを得ることができた。 以上の試みは、カリキュラムの変容が日英両国において、どのように起こるのかというメカニズムを解明するために有効であった。
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今後の研究の推進方策 |
イングランドのひとつの教科書の変化を、カリキュラムの社会学の題材として選ぶ理由は、国による教科書検定制度がなく、教科書作成の自由度が制度的には高い国だからこそ、知識の伝達のありようを支配するマイクロポリティクスが明らかになりやすいという見込みからである。そこには同時に、いまだ新たな試みが起こる可能性が相対的に期待できる―少なくとも21CSのような試みが生まれた―地で、カリキュラムに対する支配の構造を明るみに出すことにより、再び新たな試み/試行錯誤を可能にするような、抵抗の糸口を見出したいという希望がある。 今後は、日英の調査結果を比較することによって、第一に、それぞれの国の学習指導要領、教科書、政策形成プロセス、学校制度、試験制度、教員文化が、教育知識の選択と伝達のあり方にどのようにかかわっているのかを解明していく。第二に、教育知識の選択と伝達のあり方には、社会的、制度的、文化的制約がある一方で、多様な選択肢がありうることを示しながら、それぞれの社会が、教育知識を通じて、子どもたちの間にどのような能力と態度を形成し、いかなる社会を形成しているのか、という問題を比較社会学的に考察したい。第三に、以上の検討をもとに、「未来のカリキュラム」の構築のための論点を提示したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
英国の教科書のテキスト分析と過去に実施したインタビュー調査結果の分析に専念していたため、当初予定していた費用がかからなかったためである。日本の教師文化とカリキュラムの変容のメカニズムに関する分析にも時間をかけた。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度は、日英の「科学」カリキュラムに着目して、新たなインタビュー調査と文献調査を進めるとともに、研究成果の報告をさらに進めていきたい。イングランドについては、特に21CSの教科書の第1版と第2版の記述内容の変化の背景として、第一に、各試験機関が示す本コースの内容を規定しているコース内容規定文書と、それを規制するGCSE評価基準やナショナルカリキュラムについて詳細に分析する。第二に、この教科書の作成とプロデュースにかかわっているナフィールド財団と教科書の執筆陣、およびレギュレーター組織における勤務経験者、学校教師たちに対して実施済みのインタビュー調査をもとに、教科書の変化がもたらされた背景を検討する。その際には、2014年度のナショナルカリキュラム改訂の影響を含めた分析を行う必要がある。 以上の資料収集と分析とともに、日本においても同様の調査と分析を行うため、次年度使用額を充当する予定である。
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