研究実績の概要 |
自閉スペクトラム症(以下、ASD)における心の理論の障害について、Perner(1991)はメタ表象の問題として論じた。一方、メタ表象を、一つの対象に二つの表象を付与することとした場合、それを直接測定する課題での検討が必要となる。ここでは、工藤・加藤(2014)が開発した多義図形課題を用いて、定型発達(以下、TD)児とASD児の比較を行った。そこでは、多義図形1枚に二通りの見え(表象)を付与する「1枚提示条件」と、同じ多義図形2枚それぞれに別々の見え(表象)を付与する「2枚提示条件」を用いた。前者はメタ表象を必要とし、後者は不要である。TD児は、3歳では両条件で正答できないのに対し、4歳児は「2枚提示条件」でのみ正答率があがること、5歳児になると「1枚提示条件」での正答率も上昇する、すなわちメタ表象が成立することが明らかにされた(加藤, 2016)。今回は、PARS(PDD-ASJ Rating Scales)の幼児期ピーク得点が5点以上であり、知的遅れがない(発達指数DQ70以上)発達年齢(Developmental Age)4歳台のASDリスク児群と、4歳台のTD児群を実験参加者とした。その結果、TD児群は「2枚提示条件」の正答者(52.9%)が「1枚提示条件」(11.1%)より有意に多かったのに対し、ASDリスク児群は、両条件ともに正答者が少なかった(それぞれ、15.4%、17.2%)。これは、ASDリスク児が、メタ表象の発達においてTDより遅れている(TDの3歳児と類似した反応より)可能性と、そもそもメタ表象の形成プロセスがTD児とは異なる可能性を示唆するものであった。ASD児における心の理論が、形成の遅れだけでなく質的差異がある(別府, 2016)という指摘を考慮すれば、後者の可能性を今後検討していく必要があると考えられる。
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