本研究では、3次元空間でナノスケールの分解能を持ち、時間空間でピコ秒の分解能を持つ走査トンネル顕微鏡(STM)とスーパーコンティニュアム光パルスを基にしたナノ顕微光吸収分光法に、磁気円二色性分光法(MCD)を組み合わせ、試料のスピン情報を含む電子構造を空間的に高分解能で、かつ時間分解して測定可能な新しいナノ顕微分光装置の開発を目的としている。平成29年度は以下の項目を行った。 1.フェムト秒レーザーを光源とする円偏光変調光学系を用い、トンネル電流を信号源とするMCDの測定を行った。サンプルとして、強いMCDシグナルが測定されることが報告されている、低温で成長させEL2欠陥を高濃度に含むガリウム砒素を用いた。また、光源としてフェムト秒レーザーに加え、EL2欠陥を含むガリウム砒素試料が大きなMCD信号を与える波長1μmのレーザーも使用した。円偏光変調に同期した成分が測定されたが、MCDによるものだと断言できる結果は得られていない。 2.当初目的としたMCD信号の検出が困難である状況から、信号強度が小さい原因を考察するため、照射している光の探針直下における光電場強度の探針増強効果を、長波長近似を用いて計算した。表面プラズモン共鳴による増強度の、探針に平行な偏光と垂直な偏光の場合の違いを調べたところ、平行成分は増強度が大きいのに対し、垂直成分は避雷針効果(形状効果)からそれほど増強されないことが確認された。円偏光成分としてはもっとも増強度の小さい成分と同程度と考えられることから、通常、光照射STMで得られる探針先端光増強効果による信号増幅効果がMCD測定においては期待できないことがわかった。 3.以上の結果から、STM-MCD測定を行うためには、I 共鳴的な光増幅が期待できる金、銀などの探針の使用、 II低温での測定、 III 試料位置での光強度検出、などの対策が必要と考えられる。
|