研究課題/領域番号 |
26390120
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研究機関 | 公益財団法人高輝度光科学研究センター |
研究代表者 |
池永 英司 公益財団法人高輝度光科学研究センター, 利用研究促進部門, 研究員 (90443548)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 硬X線光電子分光 / 固気・固液界面 / 雰囲気制御セル / 光電子透過窓 |
研究実績の概要 |
本研究は高真空内に湿潤な試料環境を保てる雰囲気制御セルを開発し、反応中の化学状態や電子状態の“その場”観測を行う。従来の光電子分光は測定試料環境に高真空(10-6Pa以上)が必要で、湿潤な試料の適応が困難であった。SPring-8で開発された硬X線光電子分光法(HAXPES)を湿潤試料測定法へと高度化し、この問題を解決する。光電子透過窓を用いた実作動環境セル開発を行い、実デバイスへの応用実現に必要な要素技術を確立し、広い研究分野へ展開するため、高い汎用性を図る。 実験条件は光電子窓から透過した微弱な信号を統計精度良く計測するため、いかに光電子強度・検出効率を上げるかが重要である。この問題を克服するために、立体角±34°程度の広角対物レンズ(開発済:既存)を併用した。この対物レンズの最大の利点は試料角度を変えることなく、一度に広角度の光電子放出角度依存性を観測し、深さ分析が可能なことである。また励起光はSPring-8放射光施設で高エネルギーおよび高密度X線を用いた。 研究開発したセル機構はポリイミド膜厚10μmおよびSi3N4-メンブレン薄膜(厚:15nm)を用いることで高真空槽内(5×10-6 Pa)にリークなく保持することに成功した。光電子透過窓と試料位置間の距離を15μmと短くした「ガス用セル機構」を開発し、KBミラーを用いた1μm集光に本開発環境セルを適応させた。この機構を用いて、酸素雰囲気下の金属ナノ微粒子における量子サイズ効果に関する知見を得た。また液体試料を対象としたセルの開発にも成功している。エタノール(C2H5OH)溶液の角度分解計測した深さ依存結果から、明瞭なケミカルシフトした2つのC1sピーク(エタノールに由来)を観測し、溶液自体の化学結合状態観測が可能となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
環境制御セル機構の主な特徴はX線を透過する窓と光電子を透過する窓を分けて構成しており、窓材自体から励起された光電子の検出を避ける点である。8keV程度の硬X線で励起された高い運動エネルギーをもつ光電子の非弾性平均自由行程(IMFP)は15nm程度であることを利用して、メンブレン膜を透過した光電子の運動エネルギーを測定する。H26年度開発した「ガスフロー用環境制御セル」は、メンブレン膜厚15nmのSi3N4を光電子透過窓として用いることで、高真空内(10-6Pa以上)に大気圧下で湿潤な試料環境を保ち、H27年度に酸素雰囲気下の金属ナノ微粒子における量子サイズ効果に関する知見を得た。 また同H27年度には固液界面の光電子計測を目的に計画した「フロー循環型液体用セル」の開発も並行して行った。こちらも高真空槽内(5×10-6 Pa)にリークなく保持することに成功し、送液時の水圧と薄膜剥離の関係を調査し、最適な光電子透過窓材と膜厚の選定を行った。エタノール(C2H5OH)溶液の角度分解計測した深さ依存結果から、明瞭なケミカルシフトした2つのC1sピーク(エタノールに由来)を観測し、溶液自体の化学結合状態観測が可能となった。計画通り、おおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
開発した「フロー循環型液体用セル」は、X線を透過する窓と光電子を透過する窓を同一とする構成となるため、窓材自体から励起された光電子の検出を避けることができない。このため、一度に広角度の光電子放出角度依存性を観測し、深さ分析が可能である立体角±34°程度の広角対物レンズ(開発済:既存)を併用する。 H27年度に自開発した「フロー循環型液体用セル」をSPring-8ビームラインに導入し、水やエタノールのようなプロトン性極性分子を対象に溶液本来の電子状態の情報を得ているが、アセトン((CH3)2C=O)やアセトニトリル(CH3CN)のような非プロトン性極性分子溶液を循環させた環境下で角度分解深さ分析を行い、さらに多種溶液の電子状態を観測する。加えて“NaCl溶液中のAuナノ粒子サイズ効果”を調査し、濃度依存および量子サイズ効果の計測する他、三電極式電界セルの開発を進め、電極と電解液の界面における電気二重層の形成と溶液の配向に関して偏光特性を利用した分子軌道対称性を調べる計画である。またH27年度の溶液実験では、突発的にメンブレン膜が壊れ真空を悪化するトラブルも発生したので、さらにX線照射ダメージを調査し、微量溶液循環機構の製作やインターロックの構築等の安全対策を図る。
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次年度使用額が生じた理由 |
H26年度に自製作した「ガスフロー実作動環境制御セル」とH27年度に自開発した「フロー循環型液体用セル」機構はヘッド部のみ交換して使用可能な互換性の良いシステムと設計を工夫しており、共通部品が多く製作費用が残額となった。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度は、溶液漏れに対する安全対策を充実させるため、新たな微量溶液循環機構の製作やインターロックの構築に費用を当てる計画である。また外部発表や論文発表における経費にも使用する予定である。
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