研究実績の概要 |
今年度は、多重ゼータ値の q 類似について考察した。多重ゼータ値は自然数の負ベキの多重無限和であるが、和に現れる自然数を、パラメータqの関数(q整数)に置きかえたものが、多重ゼータ値のq類似である。 多重ゼータ値については、種々の拡張や数論的な類似物が考えられている。以下では有限多重ゼータ値と呼ばれる有限体の元と、対称多重ゼータ値と呼ばれる実数値に着目する。Kaneko-Zagierは、しかるべき定式化の下で、有限多重ゼータ値を対称多重ゼータ値に移す(有理数体上の代数としての)同型が存在することを予想している。 今年度の研究では、Kaneko-Zagierの予想と多重ゼータ値の q類似の間に以下のような関係があることを発見した(Henrik Bachmann, 田坂浩二との共同研究)。 多重ゼータ値のq類似は無限和で、これが収束するためにはパラメータqの絶対値が1未満でなければならない。しかし、和を取る範囲を有限に制限すると、パラメータqを1のベキ根に特殊化できる。このようにして得られる有限和を、以下では有限多重調和 q級数と呼ぶ。 我々は、Kaneko-Zagier 予想における二つの対象(有限多重ゼータ値と対称多重ゼータ値)が、有限多重調和 q級数から同時に得られることを示した。以下、qは原始n乗根であるとする。nが素数のとき、有限多重調和q級数を(1-q)で生成されるイデアルを法として考えると、位数nの有限体の元が得られ、有限多重ゼータ値と一致する。一方で、nを大きくする極限を取ると有限多重調和q級数はある複素数に収束し、極限値の実部が本質的に対称多重ゼータ値と一致する。 我々の結果は、Kaneko-Zagier の予想の解決に直ちにつながるものではないが、この予想の意味を q類似の観点から説明するものだと言えるだろう。
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