研究課題/領域番号 |
26400115
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
稲生 啓行 京都大学, 理学(系)研究科(研究院), 講師 (00362434)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 複素力学系 / Mandelbrot集合 / Tricorn / 自己相似性 / 国際情報交換 / ドイツ:フランス |
研究実績の概要 |
1変数反正則の、二次、またはより一般に臨界点を1つだけ持つ多項式の力学系の族を考える。この族におけるMandelbrot集合の類似物はtricorn(一般の次数ではmuticorn)と呼ばれ、これらは1次元のパラメータ空間の性質と、2次元のパラメータ空間の性質をあわせ持つことが数値的に観察されている。基本的に再帰写像が偶数周期の場合には1次元的なふるまいをし、奇数周期の場合には2次元的なふるまいをする。例えば周期軌道の乗数は奇数周期の場合は常に非負の実数である。従って放物型パラメータ集合は離散的でない。これは1次元では見られない性質である。HubbardとSchleicherはこのことを詳しく調べることで、奇数周期の双曲成分に収束する「へその緒」が、Mandelbrot集合と異なり、多くの場合1点に収束しないことを示した。特にmulticornは弧状連結でない。彼らの結果を応用して、以下のことをJacobs大学のMukherjee氏と共同で示した(arXiv:1406.3428,arXiv:1411.3081等):奇数周期の双曲成分に集積する外射線と「へその緒」が、自明に収束している場合を除いて1点に収束しないことを示した。これらはMandelbrot集合では常に1点に収束する。「へその緒」が収束しないことから直ちに、「小multicorn」たちがmulticorn自身とは(力学系的に自然に)同相にならない、ということが従う。つまり、Mandelbrot集合の持つ自己相似性は成り立たない。 高次元(複素2次元)のフラクタル集合などの可視化については、没入型ヘッドマウントディスプレイを用いたソフトウェアの開発を行っており、現在実4次元(または複素2次元)空間内の様々な集合を、3次元に射影して立体的に表示し、探索することが可能となっている。また3月に所属機関に高次元数学研究可視化システムが導入され、そちらを用いて様々な3次元・4次元の対象を表示・観察する方法についても実験中であり、4次元のものも含めていくつかのものは既に見られるようになっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
反正則力学系の族に関する研究については、奇数周期の双曲成分の「へその緒」が収束していない、ということは数値実験ではほぼ明らかなことであり、当該年度の主なテーマの1つであった。しかしながら当初は数学的に完全に解明できるかどうかは自信がなかった。外射線に関しては開始時点で基本的なアイディアは既にあり、問題なく証明できると考えていたが、実際には外射線に対して用いた対称性を更に深く調べることで、「へその緒」に関しても一般的な形で証明することができた。 また可視化に関しては、様々な対象を没入型ヘッドマウントディスプレイや、更に高性能な高次元数学研究可視化システム(いわゆるCAVEと呼ばれる没入型仮想現実システム)で表示し、観察するための基本的なソフトウェアの整備ができた。実際に見たい対象はまだほとんど誰も自分の目では観察したことがないようなものであり、対象をどのように計算するか、またそれをどのように表示・操作すれば新しい知見が得られるか、今後試行錯誤を繰り返す必要があるが、今回開発したソフトウェアは、色々な表現方法を実装して実験する為の基礎となる部分であり、これによって色々なアイディアを比較的容易に実際に試すことができるようになった。これは大きな進展であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
まず反正則力学系の研究に関しては、「小multicorn」たちが互いに(自然に)同相でない、という予想がある。「へその緒」に限らず、奇数周期の双曲成分の境界には様々な「デコレーション」たちが収束しており、それらが境界にどのように収束しているかを測る指標を見つけることで、「小multicorn」やその中心にある双曲成分たちをある程度区別したい。特に、multicornの外から一切到達不可能な双曲成分の存在が、数値的に観察されており、そのような例を具体的に構成したい。このような性質は境界のパラメータのJulia集合の性質と密接に関係しており、おおざっぱに言えば「Julia集合が十分複雑」であることを示せば、到達不可能性が証明できる。Julia集合が局所連結でないものや、面積が正であるものなど、別の意味でとても複雑なJulia集合の例は色々知られており、そのような手法をうまく利用することでこれを示したい。 可視化に関しては、比較的簡単なもの、具体的には、エノン写像や歪積などの2次元の力学系や、3次多項式族の良い1-パラメータ部分族、また2次多項式族の相空間とパラメータ空間をあわせて複素2次元で考えたものなどを表示してみることで、良い表示方法を探る。力学系に現れる集合はフラクタル的でどれも複雑な為、まずは4次元多胞体などのフラクタル的でない単純な集合で実験し、4次元の数学的な対象を「目で視る」為のチュートリアルや、3次元・4次元を理解する為の教材のようなものを作成することも考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2015年3月29日から4月3日に開かれたBanff International Research Station (BIRS) で開かれた研究集会"Parabolic implosion in anti-holomorphic family"に参加する為の旅費を支出する為。
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次年度使用額の使用計画 |
上記BIRSの研究集会や、8月にブレーメンで行われる国際会議「Dynamical Developments: a conference in Complex Dynamics and Teichmuller theory」をはじめとする国内外で開かれる研究集会等に出席する為の旅費が必要である。 また今年発売予定である、没入型3DヘッドマウントディスプレイOculus Riftの最新型と、それを動かす為の十分なグラフィックス機能を持つ計算機も購入する予定である。
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