研究実績の概要 |
タイヒミュラー空間T(S)は曲面S上の複素構造の変型空間であるが、典型的な複素構造の変型の方法として擬等角写像による変型がある。実際、擬等角写像を用いてT(S)上のタイヒミュラー距離や複素構造が定義される。そのような擬等角変型のうち特に深く研究されている方法が、次のような平坦構造による変型である。JをSの複素構造とし、qをリーマン面(S,J)上の2次微分とする。qの平方根をS上で複素積分することにより、S上の複素座標ζが得られる(自然座標)。このζにSL(2, R)の元を合成することで複素構造が変型できる。これが平坦構造(J, q)による変型である。これにより定まるSL(2, R)からT(S)への写像は上半平面H2 = SL(2, R)/SO(2)からT(S)への正 則写像f : H2 → T(S)を誘導する。この像f(H2)をタイヒミュラー円板と呼ぶ。このタイヒミュラー円板を保つタイヒミュラー・モジュラー部分群 Stab(f(H2))からPSL(2,R)へ自然な準同型DAf : Stab(f(H2)) → PSL(2,R)が定まり、特に擬アノソフ写像の拡大率は、対応する双曲型のメビウス変 換の拡大率に一致する。逆に任意の擬アノソフ写像に対し、それが保つタイヒミュラー円板 がただ1つ存在することもベアスにより示されている。このように擬アノソフ写像というタイヒミュ ラー・モジュラー変換の研究には、タイヒミュラー円板つまり平坦構造が不可欠な道具になっている。 今年度はタイヒミュラー円板を保つタイヒミュラー・モジュラー部分群と幾何学的コクセター群との類似の観点から、双曲コクセター群の増大度の数論的性質、および擬アノソフ写像をモノドロミー変換として実現するためのリーマン面の退化族の具体的構成について考察した。次年度以降これらの問題について考察を続けて行きたい。
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