研究課題/領域番号 |
26400198
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
藤原 宏志 京都大学, 情報学研究科, 助教 (00362583)
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研究分担者 |
滝口 孝志 防衛大学校(総合教育学群、人文社会科学群、応用科学群、電気情報学群及びシステム工, その他部局等, 准教授 (50523023)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 数値解析 / 非適切問題 / 第一種積分方程式 / 多倍長計算 / 高精度計算 |
研究実績の概要 |
本研究は逆散乱問題の直接数値計算過程に現れる数値振動の構造を調べるものである.この数値振動は2次元では単位円,3次元では単位球面上のFredholm型の第一種積分方程式の解に現れる.先行研究では2次元で数値振動が現れる事を確認しており,3次元も同様の数値振動が現れることを確認することからはじめた.そこで本年度は,これらの計算に必用となる単位球面の高精度数値積分の構成に取り組み,新しい数値積分則の構成に成功した. 一般に単位球面上の数値積分は,球面積分を経度・緯度方向の変数による重積分で表し,それぞれの方向に1次元の積分を繰り返して適用することが簡便である.しかしこの方法では極の付近に求積点が密集し,重みのオーダーが赤道付近に比して10進で1桁程度小さくなる.すなわち,演算量は増大するものの被積分函数値の情報を十分に利用できないという問題がある. 球面上の効率的な積分則については従来よりいくつか研究がある.その中でもS.L.Sobolevによる積分則(1962)は積分点の配置に正多面体群による対称性を課しており,本研究で目的とする積分方程式の数値解法に適うと考えられる.この方法を数値計算でもちいるには積分点の座標と重みの具体的な値が必要となる.それらは未知数が50個から100個程度の非線型方程式の解として与えられるが,その厳密解の構成は困難なため,非線型方程式の高精度解法が必要となる.本研究では先行研究で構築した多倍長計算をもちいてこの求解をおこない,具体的に求積点と重みを求めることに成功した. 得られた積分則は,代表的な1次元の高精度積分則を繰り返す手法よりも高精度であることが確認された.さらに球面上の積分が現れる輸送方程式の数値計算ににおいても未知数の削減と計算の高速化に寄与することが示された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は,逆散乱問題の直接数値計算過程に現れる数値解の振動の数理構造を調べるものである.そのために,まず幾つかの数値計算をおこなって数値解の挙動を調べ,そこから理論的構造を予測することを考えている.本研究で対象とするのはFredholm型の第一種積分方程式の解であるが,本研究の契機となった先行研究での2次元の数値計算に加え,3次元の数値計算例を実現することは,この研究方針において本質的である. 第一種積分方程式はHadamardの意味で非適切(ill-posed)であり,数値計算で混入する計算誤差が急激に増大する可能性があり,高信頼な数値計算のためには,混入する離散化誤差と丸め誤差を十分に小さくする必要がある.本研究の3次元の逆散乱計算では単位球面上の数値積分を高精度におこなう必要がある.既存の離散化手法でも離散化数(求積点数)を増大することで高精度化は達成されるが,急激な計算時間の増大を招くことが考えられるため多くの計算例を用意するうえで効率的ではない.そこで高精度な球面上の数値積分則の実装は本研究推進において重要な位置を占めるものであり,80次程度までの次数までで具体的に求積点の座標と重みを求めることに成功した.これら現在までの研究結果ならびに今後の方針について分担者と密に意見交換をおこなっており,以上の状況を勘案して「おおむね順調に進展している」と判断した.
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今後の研究の推進方策 |
球面上の高精度積分の構築に成功したことから,これを用いて具体的に逆散乱問題の直接数値計算を実行し,数値解の挙動を具体的に調べる予定である.また,必要となる高精度積分則の開発,および多倍長計算ライブラリの高速化を合わせておこなう. 本研究において数値解の挙動を調べるということは,数値解の定量的な値ではなく,分点数を増大させたときの漸近挙動が必要となる.本年度は,80次程度までの球面上の数値積分則の構築に成功したが,漸近挙動を見る上でさらなる高精度化が必要となった場合には,より高い次数での積分則を構成するか,計算時間を要したとしても,1次元の高精度積分則を繰り返し利用することを考えている. さらに逆散乱問題自体の計算の高速化のため,先行研究で構築した多倍長計算そのものの高速化もおこなう.プロセサのアーキテクチャは絶えず進歩しており,これに合わせて高速なライブラリを構築することは重要である.特に近年ではPC用のプロセサでAVX2(Advanced Vector Extension 2)機能とよばれる命令レベルでの並列計算機能が普及しつつあるため,これを活用する多倍長計算の高速化の有効性を検討する. また本年度に構築した球面上の数値積分則は,本研究の逆散乱問題のみならず,地球物理学分野や輸送方程式の数値計算などにも利用可能と考えている.そこで,これらの分野の研究者とも意見交換をおこない,積分則そのものの応用可能性を検討するとともに,そこに現れる逆問題についての知見を得ることを考えている.
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者がいくつかの2次元の逆散乱問題の数値計算をおこない,その計算例をもとに理論的背景を探るための討論をおこなうため,分担者との研究討論のための国内出張を予定していた.しかしながら研究開始後の早い段階においてSobolevによる3次元の高精度離散化に関する論文を知るに至った.この手法に関して簡単な数値実験をおこなったところ,今日の計算環境においてある程度は数値的に実現可能なアイデアであり,かつ,従来手法よりも高精度であることを確認した.そこで3次元の数値計算を実現して計算例を蓄積することが,分担者との研究打ち合わせを効果的におこなえると判断した.そのため,まず本年度は研究代表者がこのアイデアによる数値的実現に本格的に取り組むことを優先し,予定していた国内出張を次年度以降におこなうものとしたためである.
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次年度使用額の使用計画 |
Sobolevのアイデアによる3次元高精度数値積分の実現がある程度まで順調に進んでいるため,その更なる推進に加え,それをもちいた3次元の逆散乱問題の直接数値計算による計算例を蓄積し,既に成功している2次元での計算結果も踏まえて分担者との研究討論のための国内出張をおこなう予定である.もし3次元の逆散乱の直接数値計算に成功するならば,計算例をもとに背景にある数理的構造の解明に着手する.もし3次元の逆散乱の数値実験が困難であれば,研究討論の場で問題提起をおこない,2次元の場合の数値計算例の背景の解明からおこなうべきか否か検討する.その際,他の3次元高精度数値積分との比較や,2次元と3次元の違いについて討論する予定である.
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