研究課題/領域番号 |
26400284
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
伊藤 誠 関西大学, システム理工学部, 准教授 (30396600)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 理論核物理 / 核半径 / αクラスター構造 / 核反応 / チャンネル結合計算 |
研究実績の概要 |
原子核の基底状態には平均場描像が良く成り立つが、その励起状態には一塊の原子核が複数のサブユニットに解離し、それらが弱く結合した「クラスター状態」が発現する。特にα粒子(4He原子核)は非常に安定であるため、α粒子をサブユニットとした「αクラスター構造」が軽核の励起状態に系統的に発現することが知られており、その典型例は12C=3α、16O=α+12C、20Ne=α+16O等である。 αクラスター構造の一つの特徴は、その半径の異常な増大にある。原子核には密度の飽和性が成立し、基底状態の核半径は質量数の3分の1乗に比例することが知られている。一方、原子核がクラスター状態に励起すると、量子トンネル効果により核半径は基底状態よりも約2倍程度増大することが理論的に予想されていた。 αクラスター状態は非常に短寿命であるため、その半径の直接測定は困難であるが、最近クラスター状態を励起する核反応、例えば12C の場合は、p+12C ⇒ p+3α(p は陽子)といった非弾性散乱の反応断面積から3α状態の半径増大を実証しようとする試みがなされている。しかしながら、これまでの研究では断面積と3α状態の半径の定量的な対応が不明瞭であった。 本研究では、申請者が考案した「散乱半径法」を非弾性散乱に適用し、クラスター状態の半径増大現象を散乱断面積と密接に関係づけて実証することが目的である。この散乱半径法は、軌道角運動量で部分波分解された非弾性散乱の部分波断面積の計算結果を用いて、散乱に主要に寄与する「有効軌道角運動量」と対応する「散乱半径(衝突係数)」を導出するものである。これまで12Cの陽子、α粒子散乱に散乱半径法の適用がなされ、12C->3αといった3α構造を励起する非弾性チャンネルに顕著な散乱半径の増大が確認されてきている。現在は12Cの3α状態の分析を主に進める一方で、16O=α+12C、20Ne=α+16Oといった他のαクラスター状態への適用準備を進めている段階である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度(平成26年度)は主として12C、16Oに注目し、p+12C、p+16Oといった陽子散乱に関する分析を進め、来年度(平成27年度)に対応するα散乱であるα+12C、α+16Oの分析を進める予定であった。本年は当初の研究計画に従い、p+12Cの非弾性散乱の分析からスタートした。まずEp=65 MeVのp+12C非弾性散乱に対して微視的チャンネル結合計算を行い、既存の実験データのほぼ全てを再現することに成功した。次に計算で得られた部分波断面積から様々な非弾性チャンネルに対する散乱半径を導出し、チャンネル間の比較を行った。その結果、12Cが3αへ励起するチャンネルの散乱半径が12Cの回転・振動励起チャンネルに比べて顕著に増大することが明らかになった。更にチャンネル結合計算を幅広いエネルギー領域に渡って拡張し、散乱半径のエネルギー依存性を確認した。その結果、散乱半径のエネルギー依存性は小さく、また12Cの励起状態の密度半径と同様の振る舞いを示すことが明らかになった。 本年度は上記の12Cに加えて16Oの陽子散乱の分析を予定していたが、12Cのα粒子散乱に実験データが多く存在しており、また先行研究も集中していたため、来年度予定していたα+12C散乱の分析を繰り上げて実施した。α散乱の計算においてもほぼ全ての非弾性チャンネルの実験データの再現に成功し、また陽子散乱と同様に3αチャンネルに散乱半径の増大が確認された。これらの成果は3回の国際会議及び3回の国内研究セミナーで口頭発表し、またその成果の一部は原著論文1編、国際会議抄録2編に発表されている。更に現在、チャンネル結合計算と実験データの比較をまとめた論文1編を執筆完了しており、最終投稿の段階にある。更に、平成27年度に予定していた20Neの内部波動関数の計算も一部並行して進めることができた。予定の年次計画を一部入れ替えたが、本年度の進展状況自体はおおむね順調であると言うことができる。
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今後の研究の推進方策 |
ここで得られた一連の成果について国内の研究セミナーで報告したところ、①有効軌道角運動量の定義、②散乱半径と励起状態の密度半径の相関、といった二点について問題点が指摘された。①の指摘は、散乱半径の定量的評価につながる有効軌道角運動量の定義の妥当性についてである。現段階では、有効軌道角運動量は部分波断面積を重みとして軌道角運動量の4乗と2乗のモーメント比をとり、その平方根で定義されている。これは密度半径の定義との直観的な類推で申請者が考案したものであるが、有効軌道角運動量の定義は他にも妥当なものが存在し、そのため散乱半径自身もその定義に依存するという指摘を受けた。この問題点を解決するためには、弾性散乱の分析を丁寧に進め、有効軌道角運動量の定義を確立する必要があると考えている。弾性散乱の断面積データは豊富に存在しており、また断面積と核半径の関係は多くの先行研究で議論されて来ている。そこで、散乱半径法を弾性散乱に適用し、散乱半径と核半径との対応を系統的に分析することにより、有効軌道角運動量の定義を確立することが今後の推進方策の一つである。 一方②の問題は、散乱半径は非弾性散乱の遷移ポテンシャルのサイズを表すものであり、励起状態の密度半径を直接には反映しない、というものである。この点はα+12C系の先行研究で既に議論されており、衝突エネルギーが非常に高い極限では、非弾性散乱の反応断面積は遷移ポテンシャルのサイズを主に反映することが示されている。この指摘を受け、申請者は12C->3αという非弾性散乱について、標的核と衝突エネルギーの組み合わせを何通りか想定し、散乱半径と3α状態の半径の相関について分析を行った。その結果、重い標的-低い衝突エネルギーにおいて散乱半径が3α状態の密度半径に敏感であることが確認された。今後は散乱半径と核半径の関係についてより詳細に分析を進めることが重要な推進方策である。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、年度末に行われた日本物理学会第70回年次大会の参加スケジュールの変更に伴う理由による。当初、学会へは全日参加する予定でいたが、年度末の大学の事情により、学会参加が1日短縮したスケジュールとなった。残額9,712円はこの学会参加日程の変更に伴って生じたものである。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用額は、主に申請者と大学院生の海外出張旅費に充てる予定である。現在、イタリアのカターニャ大学で開催予定の「The 12th International Conference on Nucleus Nucleus Collision (NN2015)」(第12回原子核-原子核衝突に関する国際会議)において、申請者と共同研究を進めている大学院生2名の口頭発表が内定している。 NN2015は原子核反応分野における国際会議では、最も伝統と権威ある会議の一つであり、そこで成果発表を行うことは非常に意義深いことである。予定されている今年度の交付金の旅費90万円に次年度使用額9,712円を合わせた909,712円を、NN2015参加の旅費(3名分)に充てる予定である。
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