研究課題
本年度は、イオン液体ゲートトランジスタ(TFT)構造を用い、結晶性の高い高分子材料であるPBTTTへの高濃度のキャリア蓄積をすすめた。光吸収測定からドーピング機構の情報を得ると共に、電子スピン共鳴(ESR)法を用い、注入キャリアの電子状態をミクロに明らかにした。TFT素子へのゲート電圧(Vg)印加により、素子の出力電流、及び、注入キャリアのESR信号が明瞭に観測された。光吸収測定の結果、イオン液体のイオンが薄膜全体に侵入する電気化学ドーピングが起きていることが明らかになった。このドーピングは可逆的に起きることが逆電圧印加下での吸収測定から示された。また、ESR法から求めたスピン濃度と、TFTの充電電流から求めた電荷濃度を比較した結果、低ドープ領域ではスピン濃度と電荷濃度がよく一致し、スピンと電荷を共に持つポーラロンがキャリアとなっていることが明らかになった。一方、キャリア濃度を上げると、スピン濃度の飽和・減少が観測され、スピンを持たないバイポーラロン(ポーラロン対)がキャリアとなることが明らかになった。バイポーラロンの形成は、光吸収スペクトルの変化からも示唆された。また、ESR信号のg値の角度依存性からPBTTTの分子配向を調べた結果、電気化学ドーピングの状況下でもPBTTTの分子配向は低下しておらず、edge-on的な配向性が確認された。一方、ESR線幅は、ドープ濃度の増大に伴い顕著に異方性が変化した。キャリア濃度がユニットあたり十数%を超える高ドープ膜では、g値と線幅が同位相の角度依存性を示し、伝導電子のスピン緩和であるElliott機構が示唆された。そこで、スピン磁化率の温度依存性を観測した結果、金属相に特有なパウリ磁化率の寄与が観測された。以上の結果から、イオン液体TFTを用いてPBTTTの電子状態を金属転移近傍までコントロールすることに成功した。
2: おおむね順調に進展している
本研究は現在順調に進展しており、学術誌への投稿論文や学会発表により、順調に成果を発信している。特に、TFT構造における導電性高分子PBTTTへの可逆的なキャリア蓄積、及び、ESR法による金属状態のミクロ観測は、導電性高分子の電子状態の基礎的な理解に役立つと共に、金属転移を利用した新規なデバイス応用にもつながる顕著な成果である。さらに、ESR信号のg値や線幅の角度依存性からドープ膜における高分子の分子配向を明らかにできるため、イオン侵入に伴う分子配向の変化などの、イオン液体TFTの性能劣化をもたらす構造要因を特定することが可能である。実際に、低分子材料であるC8-BTBTのイオン液体TFTでは、イオン侵入に伴う顕著な分子配向変化、及び、出力電流の低下を観測している。これらの点から、ESR法はイオン液体TFTにおけるキャリアの電子状態や分子配向を同時に調べる有用な手法だと示された。これらの利点から、現在、高分子材料のESRについて海外グループとの共同研究も進行している。
今年度は、前年度までの研究を引き続き継続すると共に、より高い移動度を示すドナー・アクセプタ(DA)型高分子材料などを対象とし、ESR法に基づき多様な材料におけるキャリアの電子状態やダイナミクスを明らかにしてゆく。特に、DA型高分子は、長距離の構造秩序を示さないにもかかわらず高結晶性材料を凌駕する高い移動度を示すものがあり、その伝導機構に注目が集まっている。本研究では、ESR測定から得られるTFT界面での局所分子配向やキャリアの運動性を調べることで、DA型高分子の高移動度の起源を解明する研究を展開する。また、F4-TCNQなどの高いアクセプタ能力を持つ材料を用いて化学ドーピングをすすめ、高分子の電子状態制御(金属転移)をさらに系統的に解明する。さらに、高分子への正・負キャリアの蓄積を行い、ESR測定からキャリアの電子状態を明らかにする。これにより、両極性トランジスタや発光トランジスタなどの素子研究へESR法の適用領域を広げてゆく。
27年度の研究、予算使用はおおむね順調に進んだが、高分子TFTの素子構造の最適化のため、高分子膜を均質に形成する技術の確立が課題として浮上した。そのため、当初予定していたシステムソースメータの購入をとりやめ、ステッピングモータを組み込んだ精密ステージやフィルムアプリケータを導入し、高分子薄膜の製膜技術の開発に取り組んだ。そのため、差額分の予算繰り越しが生じた。
28年度は、DA型高分子材料をはじめとした多様な分子材料や、低温測定の寒剤などへの予算費出額を当初計画より増やし、発展的に研究を展開して行く。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (6件)
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巻: in press ページ: in press
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