研究課題/領域番号 |
26400378
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
藤山 茂樹 国立研究開発法人理化学研究所, 加藤分子物性研究室, 専任研究員 (00342634)
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研究分担者 |
草本 哲郎 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (90585192)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 有機導体 / スピン軌道結合 |
研究実績の概要 |
スピン軌道結合は、近年トポロジカル電子相やスピン輸送などの興味深い現象の起源として注目されている。一方、炭素と水素などの軽い元素を基本構成要素とする分子性導体においてはこれまで、スピン軌道相互作用は物質の性質を決定づける主役とはなりえない、と考えられてきた。 5d遷移金属が2つのdmit配位子に挟まれた金属錯塩(Cation)[Pt(dmit)2]2は電気抵抗と磁化率測定からT~200Kで金属絶縁体転移を示すことが知られる。これは構造の低対称化に伴いhalf-filledの電子状態をとっていた[Pt(dmit)2]2二量体が +2 価と0価の二量体に電荷分離するバンド絶縁化であると解されている。転移温度以下の磁化率はほとんどゼロとなり、この描像と矛盾がない。一方、転移温度以上の磁化率は温度降下にともない有意な漸減が観測され、典型的な金属状態とはいい難い。われわれはこの物質群のうち、転移温度が T=220K となる (Cation)[Pt(dmit)2]2 (Cation=Me4P, Me4As)をとりあげ13C-NMR測定を行い、第一原理計算によるバンド分散との比較を行った。金属相である220K 以上では 1/T1 はほとんど温度に依存せず、金属というよりむしろ磁性絶縁体と考える方が自然である。 この物質のバンド計算を行うとき、"仮想的にスピン軌道結合を無視する"と、分散どうしが絡み合い結果として大きなバンド幅を有する金属の解をあたえる。一方、スピン軌道結合を含めた計算によるとフェルミ準位近傍のバンドはかろうじて孤立し、half-filledバンドのようなものが生じることを明らかにした。NMRによる1/T1と比較すると、SOCギャップが大きいほど、つまりhalf-filledバンドの孤立性が高いほど、典型的な分子性モット絶縁体の1/T1の値に近づくことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
炭素と水素などの軽い元素を基本構成要素とする分子性導体においてはこれまで、スピン軌道相互作用は物質の性質を決定づける主役とはなりえない、と考えられてきた。これは、スピン軌道相互作用が顕著に物性を変化させるためには、物質中に4f電子や5d電子を有する重い元素が必要となるからである。今年度取り組んだ5d遷移金属錯体Pt(dmit)2はスピン軌道相互作用が分子性導体にどのような役割を果たすか、を調べる良い物質であると考えている。この物質の核磁気共鳴によると、従来金属と考えられていた状態で絶縁体のように、また絶縁体と思われていた状態が金属のように振舞うことを見出し、Pt(dmit)2の新機能探索の重要な端緒を得ている。この物質の第一原理計算を行うと、スピン軌道相互作用が存在することによって、HOMO軌道がLUMOと排他的になり、孤立軌道ができることがわかっており、今年度の実験結果は第一原理計算の結果と矛盾がない。
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今後の研究の推進方策 |
Pt(dmit)2塩の電子状態にスピン軌道結合が大きな役割を果たしていることは明らかにした。この塩にはカチオンを変えることによって分子二量体の強さを変化させることができるため、様々なカチオンでのNMR測定を系統的に行うことにより、今年度の知見である「モット絶縁体のように見える金属」状態の起源を探る。一方、スピン軌道相互作用の強い無機物質でしばしば議論される、表面スピン輸送などの新奇輸送現象の観測には至っていない。今後、NMRの結果をまとめるとともに、輸送現象の測定にも取りくむ予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の対象試料である金属錯体の研究は順調に進行している。当初計画ではニッケルジチオレン錯体の磁性に着目しているが、5d遷移金属を導入した金属錯体の研究を行う過程で、軌道自由度の重要度を認識した。この新しい知見について詳細な研究を遂行することが優先されるため、計画を延長した。
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次年度使用額の使用計画 |
NMRの感度を向上させるため、ロックインアンプを購入する。また、国際会議等において研究成果を報告する予定である。
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