最低温度まで磁気秩序が生じない磁性体は量子スピン液体と呼ばれる。反強磁性相互作用が三角格子ネットワークをなす分子性物質であるEtMe3Sb[Pd(dmit)2]2はこれまでに希釈冷凍機温度に至るまで磁気秩序を示さず、量子スピン液体物質の候補である。 理論的には、三角格子ハイゼンベルグ模型の基底状態は非磁性ではなく、磁気モーメントがお互いに120度の関係を持つ磁気構造が安定である。このため、たとえば、電子の遍歴性や、分子性導体の電子スピンが分子二量体に空間的に広がっていることによる電子スピンの内部自由度などが磁気秩序の阻害要因として議論されている。 我々は、量子スピン液体EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2の電荷揺らぎを定量化するため、EtMe3Sbカチオンの原子核を用いたNMRを測定した。このカチオンでは1つのエチル基と3つのメチル基がSb原子の周りで回転運動をしている。Sb原子は結晶単位胞の2回回転軸上にあり対称性の高い位置にある。メチル基の水素原子を重水素原子に置換することで、エチル基とメチル基の回転運動を分離することに成功した。これら回転運動は温度降下にともない有限のエネルギーギャップを感じながら遅延する。これらの回転運動は、量子スピン液体発現との関連が指摘されてきた誘電率の温度周波数依存性とはエネルギーが10^5倍異なることを明らかにし、誘電異常の起源は分子振動によるものではない。 一方、結晶中で対称性の高い位置に存在するSb核においても電荷揺らぎを観測したが、その温度依存性はメチル基およびエチル基の熱活性型のものとは異なり、温度の2.5乗というべき乗則に従い遅延する。この比較的小さなベキの温度依存性をもつ電荷揺らぎはとりわけ10 K以下の低温領域で重要となるものでありこの物質が量子スピン液体挙動を示す起源として、電荷の強い揺らぎが存在することを示唆する。
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