研究課題/領域番号 |
26400388
|
研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
守田 智 静岡大学, 工学研究科, 准教授 (20296750)
|
研究分担者 |
吉村 仁 静岡大学, 創造科学技術大学院, 教授 (10291957)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | リスク分散 / 複雑ネットワーク |
研究実績の概要 |
本研究はネットワークを通して行われるリスク分散のしくみを数理モデルによって解析するものである.リスク分散は,進化生態学では両賭け戦略として,金融・経済システムでは分散投資として知られ幅広い分野で重要な概念となっている.ここではリスク分散の簡単なモデルとして一つの生物種に対して多数の居住地がありその環境がランダムに変動するものが考えられる.このモデルは汎用的なものであり,多数のプロジェクトに分散投資を行う資産家のケースにも用いることができる. 初年度は,ネットワーク構造を複雑化にすることに先立ち,分散の選好性を扱った.生物種の例でいうと環境の良さそうな居住地を好んで移動することであり,資産家の例でいうと儲かっているプロジェクトを好んで再投資するということである.そのためにまず環境変動に時間相関を導入した.環境変動の時間相関が大きくなると,ランダム分散の場合にも有限の移動率で増殖率が最大になる.これは移動にコストがない場合でも成り立ち,時間相関がない場合になかった特徴である.一方,分散に選好性がある場合,直感的には選好性によって増殖率が増大しそうであるが,そうはならず最大増殖率は移動率と選好性の兼ね合いで決まり増えも減りもしないということが分かった.さらに移動にコストが存在すると選好性は,増殖にマイナスに働く傾向があることも示された.ここまでの結果は,選好性の強さが個体数あるいは資産に比例している「線形モデル」において解析的に求めたものである.選好性が非線形なものについての数値計算も行った.その結果,選好性が徐々に強くなる超線形の場合は選好性がマイナスに,逆の亜線形の場合はプラスに働くことが示された.以上をまとめた結果がJournal of the Physical Society of Japapに掲載された.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的はリスク分散モデルを用いたネットワーク形成モデルを構成し,リスク分散を最適に行うネットワークがどのような形態を持つかを明らかにすることである.初年度は分散に選好性があるモデルを用いて解析を行った.つまり,従来のモデルではランダムに分散していたものを環境に応じて移動率を変えるというモデルに拡張した.ただし,基本的なネットワークは全結合を想定していることに注意したい.すなわち初期には完全に平等だった関係性が選好性によって時間的に発展していくモデルになっている.直感的には選好性によってシステムの成長率が高くなると期待できるが,必ずしもそうではないという全く新しい知見が得られた.「研究実績の概要」に記したように選好性が線形的な場合には最大成長率は移動率と選好性の兼ね合いで決まり増えも減りもしない.選好的な分散によって成長率が高くなる傾向と集中が生じてリスク分散が阻害される効果とで打ち消しあうからである.選好性が非線形な場合,選好性が徐々に強くなる場合は選好性がマイナスに,逆の場合はプラスに働く.非線形な場合については解析的な取り扱いができず数値計算に頼ることになるが,この場合にネットワークがどのようになっているかは興味深い. 上記のモデルでは,ネットワーク科学の分野では重み付きネットワークを考えていることに相当し,その重みがネットワークを形成するノードの状態により変化していく比較的高度なモデルを扱っていることになる.そのため重みのないネットワークで用いられる既存の方法論(次数分布,平均ノード間距離,クラスタリング係数など)を用いた解析が困難であった.
既存のネットワーク研究の知見との比較検証は2年目以降の課題としたい.
|
今後の研究の推進方策 |
2年目以降は,当初の計画にしたがって以下のようなモデルの拡張を通して複雑ネットワークとリスク分散の関係を調べていく. i) 環境の相関:実在のシステムでは何ら環境になんらかの相関があると考えられる.時間的な相関は初年度に扱ってきたが,空間的な相関がある場合には問題が複雑になると考えられる.居住地間の環境の相関によって最適な分散の形式がどうのように変わるかを明らかにする.さらに各サイトでのダイナミクスに非線形性がある場合についても同様に解析していく. ii) 実空間の考慮:生態系モデルとしてみた場合,居住地間の移動は距離の影響を受けると考えられる.空間内に居住地がランダムに分散している場合を考え,その空間上の距離に依存した移動が行われるモデルを考える.このようなモデルを用いて空間構造が移動ネットワークに与える影響を調べる. iii)ネットワークの二重性:金融・経済システムのモデルとして見た場合,投資先のネットワークは本来複雑性を持つと予測される.元々のネットワークがスモールワールド性やスケールフリー性や階層構造を持っている場合についても研究する必要がある.この場合,元のネットワークとリスク分散を最適化した結果得られた移動ネットワークの特性を比較する.複雑ネットワーク研究の新しい方向性であり画期的な知見が得られる可能性がある. 上記の拡張を系統的に行い,解析を進める.特にi)とii)を組み合わせたケースに解析を行う.同時に既存研究で頑健性を持つとされているネットワークと比較を行い,ネットワークの安定性についての理論を構築する.また研究の進展に応じて実在のネットワークの特性との比較も行いたい.得られた知見を生態系の保全や金融・経済の安定化のために適用し,生態学の分野を格段に進歩させるような研究成果を目指す.
|