研究課題/領域番号 |
26410001
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
羽馬 哲也 北海道大学, 低温科学研究所, 助教 (20579172)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 量子トンネル効果 / アモルファス / 結晶 / ベンゼン / 水素化 / 星間化学 |
研究実績の概要 |
ベンゼン(C6H6)は代表的な芳香族炭化水素のひとつであり,星間空間で観測される多環芳香族炭化水素の前駆体として働く分子である.しかしベンゼンの星間空間環境(超高真空・極低温)における化学反応にかんする研究は非常に少ない. 本研究では極低温表面反応実験装置を用いて,固体ベンゼンと水素(H)原子との反応を調べた.超高真空槽に設置した極低温基板(20 K)にベンゼンを蒸着し非晶質(アモルファス)ベンゼンを作製後,120 Kの水素原子を照射した.生成物は反射型赤外吸収分光法でその場分析した.結果として,アモルファスベンゼンにH原子が付加し,シクロヘキサン(C6H12)が生成することがわかった.ベンゼンの水素付加反応には,およそ2000 Kという高い反応障壁があるため,反応は熱活性化過程ではなく量子トンネル効果により進んでいると考えられる. また,固体有機物は結晶質のものからアモルファスなものまで,さまざまな構造をとることが知られている.しかし,その表面における不均一反応が構造依存性をもつかどうかについてはほとんど調べられてこなかった.ベンゼンは80 K以下の基板に蒸着すればアモルファス,それ以上の温度の基板に蒸着すれば結晶となるため,構造依存性を調べるために理想的である.そこで結晶ベンゼン作製後20 Kにまで冷却し,H原子を照射する実験をおこなったが,アモルファスベンゼンの場合と異なり,反応は進まないことがわかった.本研究で明らかになったアモルファス表面がもつ高い反応性の起源は,配位数が少ない「孤立表面分子」に由来することがわかった.本研究は,宇宙の塵表面に吸着した芳香族炭化水素の化学反応の理解を大きく進めるものである.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究は,20 Kという極低温の固体ベンゼンに水素原子が付加できることを明らかにできた.この結果は,古典遷移状態理論では説明できないものであり,表面反応に量子トンネル効果が大きく寄与していることを示している. この結果は極低温環境にある分子雲において,水素原子がベンゼンをはじめとする芳香族炭化水素と付加反応をおこすことを示唆している.また,固体有機物のアモルファス化の程度(孤立表面分子の存在量)が表面での化学反応を支配し得ることを明確に示すことができた.表面反応におけるアモルファス化や孤立分子の重要性は,アモルファスH2O氷や液体の水の界面,セルロース界面の反応でも示唆されており,表面反応一般に成り立つ触媒効果のひとつである可能性が高い.以上より,現在までの達成度を当初の計画以上に進展していると判断した.
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今後の研究の推進方策 |
量子トンネル効果ですすむ化学反応の速度は,物質の波動性に依存するため極めて大きな速度論的同位体効果が存在する.そこで重水素(D)原子の照射実験をおこなうことで,固体ベンゼンへ付加反応をおこすかどうか調べ,速度論的同位体効果を調べる.得られた結果から化学反応ポテンシャルに関する情報が手に入る. また発展的課題として,ベンゼン以外に結晶とアモルファスを作り分けられる固体有機物(一酸化炭素,ホルムアルデヒド,メタノールなど)と水素・重水素原子との反応を調べることで,固体有機物のアモルファス化が及ぼす化学反応への影響について,さらに理解を深める予定である.
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