研究課題
星間分子雲に代表される低温な宇宙空間では,星間塵の表面における量子トンネル効果による化学反応(以下,表面トンネル反応)が分子の進化において重要となる.星間塵の核を構成する物質として芳香族炭化水素が知られており,ベンゼン(C6H6)は代表的な芳香族炭化水素である.しかし,芳香族炭化水素についての表面トンネル反応の研究は未だなかった.そこで本研究では,固体ベンゼンの表面トンネル反応による水素(H)原子付加の研究をおこなった.本年度は,この表面トンネル反応における速度論的同位体効果(H原子付加,重水素(D)原子付加)を明らかにする実験をおこなった,具体的な手順としては,まず低温基板にベンゼンを蒸着させ,アモルファス固体ベンゼンを作製した.このアモルファス固体ベンゼンに,低エネルギーのH原子またはD原子を照射し表面トンネル反応により付加反応がおきるかどうかを調べた.量子トンネル効果で表面反応がすすむため,先行研究の理論計算では,D原子付加の反応速度はH原子付加より100倍も遅いと報告されている.しかし,アモルファス固体ベンゼンの表面温度が15-25 Kのときは,表面トンネル反応の前段階過程であるH,D原子の表面熱拡散が極めて遅くなることで律速過程となり,観測される速度論的同位体効果は極めて小さくなることがわかった.この結果は,分子雲の芳香族炭化水素の同位体分別モデルを大きく改善するものである.また本研究は,従来の「量子トンネル効果ですすむ化学反応には大きな速度論的同位体効果が必ず観測される」という固定観念を打破するものであり,表面・界面化学における化学反応速度論を飛躍的に進めるものである.
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