研究課題/領域番号 |
26410014
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
森川 良忠 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (80358184)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 第一原理分子動力学法 / 密度汎関数法 / 自由エネルギー / 化学反応 / メタ・ダイナミクス |
研究実績の概要 |
平成27年度は主として以下の2点に関する研究を行った。 (1)水溶媒中のリガンド・フリー鈴木-宮浦クロスカップリング反応に関しては、平成26年度に、塩化ベンゼン、および、臭化ベンゼンが水溶媒中のリガンド・フリーPd原子へ酸化的付加する場合について、ブルームーン・アンサンブル法、および、メタ・ダイナミクス法を用いて研究を行い、リガンドがある有機溶媒中での反応に比べてかなり活性化障壁が低く、高活性な触媒となることを示した。平成27年度は引き続き、特にトランスメタル化の過程について詳しく調べた。その結果、従来、トランスメタル化の段階でハロゲン原子が外れると考えられていたが、リガンド・フリーのPd触媒からはハロゲン原子は外れにくく、反応サイクル中で常に少なくとも一つはハロゲンがPdに結合しているという結果を得た。また、その電子論的要因についても解明した。 (2)低濃度フッ酸/Si(111)界面でのフッ酸分子解離反応過程について、メタ・ダイナミクス法を用いた研究を行った。平成26年度にフッ酸が水溶媒中で解離し、フッ素アニオンが第一層Siに結合し、五配位Siの準安定中間体をとり、その後、第一層Siを終端しているOH基からプロトンが取れてSiのバックボンドを切るという反応経路が得られていた。しかしながら、現在用いている密度汎関数法におけるエネルギー汎関数では低濃度フッ酸中ででフッ酸分子が電離した状態が安定になってしまい、弱酸である実験結果と食い違っていた。そこで、最近プログラム化した様々なvan der Waals汎関数を用いて低濃度フッ酸の状態を計算した。その結果、vdW-DF2と名付けられた汎関数が最も良いことがわかった。この汎関数を用いたところ、フッ酸分子の解離吸着は起きず、フッ素と第一層Siを終端しているOH基との交換反応のみが起こった。エネルギー汎関数依存性が反応経路に大きく影響することが明らかとなった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究については概ね順調に進んでいる。 まず、(1)の鈴木・宮浦クロスカップリング反応に関しては、ブルー・ムーン法を主として用いて研究を進めているが、ブルームーン法では反応座標を一つ定める必要があるが、それが適切でない場合が多い。酸化的付加段階では、臭化ベンゼンの臭素-炭素間結合の中点と、Pd原子との結合距離R(Pd-BC)を反応座標として採用したが、反応座標に多少飛びが認められ、反応座標として適切でない可能性があった。しかしながら、R(Pd-BC)に加えて、臭素-炭素間距離 R(C1-Br)の二つの座標を反応座標としてメタ・ダイナミクス法で反応経路探索を行ったところ、スムーズな反応経路が得られ、しかも、活性化障壁がブルー・ムーン法で求めた値と0.1eV以内で一致することが確認できた。よって、メタ・ダイナミクス法は反応経路の探索空間を拡張して信頼性をチェックする際に威力を発揮することが示せた。しかしながら、すべての反応過程をメタ・ダイナミクス法で探索することは大変時間がかかり、今後の工夫が必要である。 また、トランスメタル化反応の過程については、従来考えられていたハロゲン原子が外れるのではなく、常に一つはハロゲンがPdに結合して反応サイクルが回っていることを示す結果が得られつつある。この点については興味深く、さらに研究を進めていく予定である。 (2)の低濃度フッ酸溶液/Si(111)界面でのフッ酸分子の解離吸着過程については、低濃度のフッ酸溶液を精度よくシミュレーションすることに成功し、さらに、それが反応過程に重要な影響を与えることが明らかとなった。この点についてさらに詰めて論文としてまとめていく予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
平成28年度は引き続き上記で述べてきた課題を研究する。 (1)水溶媒中でのリガンド・フリー鈴木-宮浦クロスカップリング反応に関しては、ハロゲンが常に少なくとも一つはPd原子に結合していることがシミュレーションから強く示唆されている。平成28年度はこの点についてより詳しく調べ、特に複雑なトランスメタル化について明らかにする予定である。そして、こららの結果について論文としてまとめることに注力する。 (2)のフッ酸/Si(111)界面でのエッチング反応過程については、より精度の高いvan der Waals汎関数を用いて反応シミュレーションを行う。上で述べたように、平成27年度にこの汎関数を用いて反応シミュレーションを行ったところ、第一層Siを終端しているOH基が溶液中のF原子と交換する反応が見られ、解離吸着反応には至らなかった。このシミュレーションでは溶液中のF原子と第一層Si原子間の距離R(F-Si1)と、溶液中の水素原子と第二層Si原子間の距離R(H-Si2)の二つの座標を反応座標としてメタ・ダイナミクスシミュレーションを行った。フッ酸分子の解離吸着過程をシミュレートするには、より適切な反応座標を取る必要があると考えられる。そこで、平成28年度は、第一層Si原子の周りのF原子の配位数(N(Si1-F))と、F原子の周りのプロトンの配位数(N(F-H))の二つを反応座標とすることにより、フッ酸分子の解離と吸着過程の両方が起こる過程がシミュレートできるのではないかと考え、研究を行っていく予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度の未使用額約107万円が予算として加わったた。ここから、インフィニバンドのカードとケーブルを追加購入して既存のクラスターに搭載した。それによって計算の並列化効率が向上し、計算機資源が効率的に使用することができた。よって外部のスパコンを使用する必要がなくなったため、計算機使用料として確保していた予算を使用する必要がなくなった。また、平成27年度は旅費は他の予算で行くことが多かったため、予算を使用することが少なかった。それと、平成27年度中は本科研費が主となる論文の出版がなかった。そのため、英文校閲や論文別刷り代も使用することがなかった。これらのことが次年度に使用額が生じた要因である。
|
次年度使用額の使用計画 |
平成28年度は最終年度であるため、研究を仕上げるために計算機ノード(クラスターエレメント)を1ノード(80万円)増強して計算を加速し、結果を早期に出すようにしたい。また、得られた結果を解析し、可視化するためのPC端末(10万円)、成果を学会などで発表するためのノートパソコン(30万円)も購入する。また、研究成果を国際会議で発表することも考慮し、旅費として40万円程度使用する。さらに、得られた結果を論文として発表するために、英文校閲、および、別刷り代として10万円程度も使用する。そして、最終年度のため、計算結果を保存する記憶媒体も必要である。これらによって今年度、予算を使い切る予定である。
|