本研究はラジカル性を酸化還元によって調節できる系の創出とその光学的応用を目的とした。その実現のためにキノイド構造に着目し、その末端に酸化還元対を導入した化合物を設計・合成した。はじめにジシアノメチレン基を導入したキナクリドン(1)を合成し、その構造と酸化還元挙動、光学特性を評価した。X線結晶構造解析によりこの分子は大きく折れ曲がった構造を有しており、その動的挙動はNMR測定により追跡することが可能であった。化合物1はサイクリックボルタンメトリー測定で可逆な1段階2電子の酸化還元波を示し、平面型のジアニオン種と相互変換が可能であることが示された。分子1の二光子吸収測定を行うと比較的高い活性を示すことが明らかとなった。 次に酸化還元対の安定化を目指し、チオフェンにジアリールメチレン基を導入した酸化還元対を合成した。既報の手法を改良し、汎用性の高い合成法を確立した。合成した酸化還元対は末端のアリール基によって光学特性・酸化還元時の安定性が異なることが明らかとなり、電子供与性のメトキシ基を導入した化合物ではクリーンなエレクトロクロミズム挙動を示すことを確かめた。より安定な酸化還元対およびラジカル性の強い酸化還元対の合成を試みたが、合成した化合物が不安定であったり、溶解度が悪かったため詳細な検討まで進むことができなかった。 本研究の過程で合成したアルキルアクリドンおよびそのジシアノメチレン誘導体の結晶が熱に応答してジャンプする現象を見出した。アルキル鎖長の異なる化合物を合成し、結晶構造解析およびジャンプ活性の有無を調査した結果、結晶ジャンプの活性は分子のパッキングおよびアルキル鎖長に大きく影響を受けることが分かった。結晶ジャンプを示す化合物は分子間のπ積層もしくは分子のフリッピングに基づく異方的な伸縮に由来していることが確かめられた。
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