モリブデン(Mo)酵素は、大きく三つのファミリーに分類され、ジメチルスルホキシド還元酵素(DMSOR)ファミリーは、プテリンコファクターと呼ばれるジチオレン配位子を二つ持つが、他のキサンチンオキシダーゼ(XO)、亜硫酸オキシダーゼ(SO)ファミリーは一つのジチオレン配位子を持つ。一方、タングステン(W)酵素は、DMSORと同じ二つのジチオレンを持ち、配位構造もよく似ているが、反応性は大きく異なる。DMSORモデル錯体を用い、微小疎水空間が基質の取り込みを向上させ還元反応を加速すること、NH+…O=Mo水素結合がモリブデンの電子状態や触媒サイクルに多大な影響を与える事を明らかにした。MoとW酵素モデル錯体の比較研究では、Wモデル錯体の方が類似のMoモデル錯体に比べNH…S水素結合は弱いが、より効果的に酸化還元電位を正側にシフトさせる事が明らかとなった。つまり水素結合が形成するとMoとWの酸化還元電位の差が小さくなることを示している。この結果は、W酵素からMo酵素へと多様化した進化の過程において、酵素の活性を大きく変える事無く、WからMoへと変換可能であることを示唆している。非常に嵩高い疎水基を持つジチオラート配位子を用いて、SOモデル錯体の合成も行った。得られたモデル錯体は、トルエンなどの非極性溶媒にも可溶であり、基質との反応など今後の発展が期待できる。本研究で設計した分子内NH…S水素結合と非常に嵩高い疎水性置換基と併せ持つチオラート配位子は、様々な予想外の結果をもたらした。本研究で合成した[4Fe4S]クラスターの構造は、一般的なフェレドキシンと酸化還元電位が大きく異なるHiPIPに近く、疎水的環境と立体障害により蛋白質内部での環境の再現に成功したと考えられる。また、本研究で合成したチオラート配位子はヨウ素酸化によりジスルフィドを生成せず、反応中間体を結晶として与えた。
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