本研究の趣旨は、電気伝導性(抵抗率)をESR測定から見積もる下記の手法を、分子長依存性や二面角依存性に対して適用可能か検討することである。分子ワイヤの電気伝導特性として代表的なパラメータである減衰定数βは、平易に表現すると、分子ワイヤが長くなった場合に増加する抵抗の割合を意味する。本来は電気伝導度の変化を用いて決定するが、以前の研究でビラジカルの交換相互作用の減衰定数βとの相関を見出している。 実験手法は、誘導体ごとにESR測定を行い分裂パターンから評価するもので、以前の研究により確立されている。時間分解能が他の測定法に対し極めて高く(ns~μs)、他の代表的測定法では得られていなかったコンフォメーションの高速変化とβの関連について情報が得られることが意義深い。 籠状飽和炭化水素であるビシクロオクタンと、それを直鎖状に切り離した飽和炭化水素(直鎖アルキル)スペーサーでは、交換相互作用が10倍以上異なることをESRスペクトルの実測とシミュレーションの比較を用いて確認した。この差異は、籠状飽和炭化水素においては架橋部位で複数の軌道同士が相互作用していることに由来すると推測された。 コンダクタンス(トンネル電流)と比べ、ESRは測定感度域は狭いものの相互作用の弱い領域の測定が可能である。すなわち、本研究のように減衰率の高い飽和炭化水素系ユニットの評価を行う際に、ESRを用いた評価が有効であると考えられる。
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