研究課題
本年度はまず、物性計算の際の分子構造をより精度よく求めるためのDFT汎関数の検証行った。正しい分子構造の予測は分子の物性(磁性・伝導性・光吸収スペクトルなど)の計算には必須となる。しかしながら、現在、分子構造最適化や物性計算にはそれぞれの目的により、異なった汎関数や基底関数が経験的に使用されている場合が多い(Chem.Phys.Lett., 2008, 456, 76.など)。しかし、経験則に基づく選択は合理的ではなく、第一原理計算の精神からは大きく外れる事となる。そこで同一レベルの汎関数で構造と物性を議論できるよう、様々なDFT汎関数を用いて分子構造最適化や磁性、伝導性、TDDFT計算を実行し、その結果より、分子構造と物性との双方を満たす汎関数を検証した。 まず着目したのはダブルデッカー型フタロシアニンーテルビウム錯体の分子構造である。この錯体は上下に2つのフタロシアニンを有することから分子間力が重要な働きを示す可能性が高い。そこで、通常のB3LYPと分子間力を考慮したグリムらのB3LYP-Dで分子構造を最適化し比較したところ、B3LYPでは最適化構造が実験事実と大きく異なり、B3LYP-Dでは実験結果をよく再現することが示された。この結果は論文に発表した。他方、光吸収スペクトルの計算ではB3LYPは有効であり、奈良女子大・棚瀬先生らのAu核錯体、ならびに東京大学の西原先生らのZn錯体における吸収スペクトルのシミュレーションは、よく実験結果を説明した。しかし、その構造は分散力を考慮しなければ説明がつかない。この研究成果の一部は棚瀬先生、西原先生との共同研究としてそれぞれ論文にまとめた。以上の結果から分子構造においては分散力の考慮が必須であり、その構造で物性の光吸収スペクトルを計算することが重要であることが示された。
2: おおむね順調に進展している
上述の通り、本年度は物性計算の際の分子構造をより精度よく求めるためのDFT汎関数の検証行い、分散力を含めた汎関数が必須であることを明らかにした。分子構造と物性は密接に関わっており、本研究で対象とする遷移金属錯体による分子素子開発においては、正しい分子構造の予測は必須となることから、その課題を解決したことは、その後の研究の遂行に向けた重要な成果を達成したと言える。本研究では実在分子の物性を化学的環境下でシミュレーションを行うことをその特色としているが、実験研究者とともに研究を進め、上記成果に基づき吸収スペクトルのメカニズム解明に成功している点からも、順調に研究が進んでいると言える。今後さらに金基板も含めた効果や、他の物性量に関して研究の進展が必要とされるが、以上より、現在のところは概ね順調に進展していると言える。
本研究課題では、“測定条件”での実験結果を量子化学計算に基づいて再現すること、且つ設計した分子の物性を予測可能とすること、という2点のための量子化学計算ならびに物性シミュレーション法の確立を目的としている。つまり、化学的環境や基板などの効果を取り入れた上での物性シミュレーションを通じ、最終的には分子(や配位子)の設計と、物性観測量を予測するまでを目標としている。そのゴールに向けて、今後は、さらに他の物性(例えば伝導性や磁性、発光など)を金基板やHOPGといった界面また電極などを考慮したうえで算出するという課題に取り組む。そのためには、手法の開発や改良、また励起状態を含めた巨大系の構造の最適化も実行する必要がある。また、界面や結晶系をどのように取り込むかという課題も残っていることから、例えば半経験的手法の導入なども視野に入れながら、取り組んでゆく予定である。上述の通り、初年度より様々な実験研究者と共同研究を進めてきたが、今後も実験研究者と共同研究をさらに進め、計算結果をフィードバックすることにより、新たに設計した分子素子の実現も目指す。
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