励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)型の蛍光色素は、固体状態でも高い蛍光量子収率を達成可能であると同時に、蛍光特性が外部環境の変化に依存して敏感に変化するという特徴を有している。本研究では、このようなESIPT色素の分子内水素結合を外場や外部刺激によって制御することで、蛍光色が多彩に変化する新規蛍光クロミック材料の開発を進めてきた。中でも、分子内に切替え可能な水素結合を組み込んだESIPT色素BTImPの合成に成功し、それが酸・塩基の刺激に応答して劇的に、且つ可逆的に蛍光色を変化させることを見出した。前年度は、BTImPの誘導体の合成を進め、蛍光強度や蛍光色、それらのスイッチング特性を系統的に調べた一方で、BTImPをプロトン導電性ポリマーであるナフィオンにドープして薄膜を作製し、それを用いて酸性や塩基性の水をインク代わりに文字の書込みや消去が可能であることを実証した。これら成果は英国化学会の雑誌であるJ. Mater. Chem. Cに投稿し、掲載された。最終年度は、BTImPの蛍光特性が、酸と同時に添加されるカウンターアニオンの種類や温度変化によっても影響を受けるメカニズムについて解明を進めた。特に、BTImPは過塩素酸水溶液の添加量を増やすにつれて、蛍光色が緑から赤、白、青へとフルカラーの蛍光を発することを見出し、NMRを用いた測定結果などを基にして、蛍光の起源に関する仮説を提案することが出来た。単一の色素がイオンの濃度を認識してフルカラー蛍光を示すという現象は過去に報告例はなく、現在論文投稿の準備を進めている。
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