研究課題/領域番号 |
26410127
|
研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
坂口 聡 関西大学, 化学生命工学部, 教授 (50278602)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 不斉触媒反応 / カルベン配位子 / 共役付加反応 / 銅触媒反応 / 金属錯体 / 錯体触媒 / 立体反転 |
研究実績の概要 |
銅触媒による不斉共役反応は、キラル化合物の合成において重要な合成ツールの一つであり、様々な天然物や薬理活性物質の合成に広く応用されている。一般に、不斉触媒反応において、両エナンチオマーを合成するには、キラル触媒の両エナンチオマーを調製する必要がある。従って、単一のキラル配位子から両エナンチオマー生成物の形成が可能になれば、極めて有用な手法となり得る。近年、単一のキラル触媒を使用したエナンチオマーのつくりわけが研究されている。例えばZhangは、ホスホロアミダイト配位子を用いた非環状エノンとジエチル亜鉛の銅触媒共役付加反応において、反応溶媒の選択により生成物の立体化学を任意に逆転させることに成功している。 本研究では、入手容易なアミノアルコールから簡便に誘導できるヒドロキアミド官能基化されたエチレン基架橋型N-ヘテロサイクリックカルベン(NHC)配位子を開発し、銅触媒不斉共役付加反応について検討した。特に、キラル配位子前駆体であるアゾリウム塩から酸化銀方法によって調製されるNHC-Ag錯体を利用した触媒反応に関する研究を行った。その結果、同一の銅種および配位子、ならびに反応溶媒を使用し、単に反応基質の仕込み手順の違いによって生成物の立体選択性が反転することを明らかにした。さらに、NHC-Ag錯体中のキラル配位子上の立体配向性置換基やハロゲンが、銅触媒共役付加反応の立体選択性に与える影響について系統的な検討を行い、反応メカニズムに関するいくつかの知見を得ることに成功した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
キラルNHC配位子上の立体配向性置換基やハロゲンについて検討を行い、それぞれが立体選択性の反転を導くための重要な因子であることを明らかにすることができた。 また、反応試薬の仕込み手順は、CuOTfとNHC-Ag錯体を含むTHF 溶液に、エノンを加えた後にジエチル亜鉛を添加する手法(Method A)ならびに、CuOTf/NHC-Ag触媒を含む溶液に、先にジエチル亜鉛を加えてからエノンを添加する手法(Method B)を採用し、この手法により、確実に立体反転が起こる反応条件を確立することに成功した。 さらに、Method AおよびMethod Bそれぞれに関して、Cu触媒前駆体とNHC-Ag錯体の仕込み比を精査した。その結果、Method Aではその仕込み比が1:1の場合が最適であるのに対し、Method BにおいてはCu:NHC-Ag=1:2の時最も良好な結果を与えることを見出した。特に、後者について、Bis(NHC)-Cu種の形成が考えられたが、詳細な検討を行った結果、そのような化学種の形成を経て触媒反応が生起しているのではなく、むしろMethod Aと同様、NHC-Cuが触媒活性種であるという知見を得た。Method Bにおいては、NHC-Cu種の形成に加えて、2倍当量のハロゲンイオンの存在が、反応の成功のための重要な因子であることを見出した。 以上のように、本触媒反応について詳細に検討を行った結果、反応メカニズムに関する新たな知見を得ることに成功したことから、研究はおおむね順調に進展していると判断した。
|
今後の研究の推進方策 |
Cu前駆体とNHC-Ag錯体から形成すると想定されるCu触媒種に関する知見を得る目的で、以下のような研究を行うことを考えている。 予備的な検討から次のことがすでに明らかになっている。すなわち、CuOTfとNHC-Ag錯体をTHF 中で処理すると、沈殿Xを含む溶液が得られる。これをろ別し、沈殿Xとろ液Yそれぞれについて、Method AおよびMethod Bの反応条件下での触媒活性を調査した。 その結果、沈殿Xを利用した際には、両手法とも目的とする共役付加体はほとんど生成しなかった。それに対し、ろ液Yを利用して、Method Aでエノンとジエチル亜鉛の反応を行うと、1,4-付加体である(R)-体が得られ、一方Method B では、(S)-体が80%を超えるエナンチオ過剰率で合成できることがわかった。さらに、ろ液Yから乾固して得られた固体Y’も、それぞれの手法でYの場合と同程度の触媒活性を示した。このことより、CuOTfとNHC-Agから生成したY’は、空気中で安定に存在し、Cuを含む触媒前駆体であることが明らかになった。 そこで次にCu 種Y’の構造情報を得る目的で、Y’のDMSO-d6中でのNMRを測定したところ、NHC-Ag錯体ではみられなかった新たなシグナルが観測された。すなわち、Y’の1H-NMRでは10 ppm付近に活性プロトンがあらわれ、また13C-NMRにおいて、NHC-Ag錯体で観測されていたカルベンに由来する192 ppmのシグナルが、Y’では164 ppmにシフトすることを見出した。この結果より、Cu 種を含むアゾリウム誘導体の形成が示唆された。Y’が触媒活性を示したことから、Y’の構造は、クプラート[CuX2(azolium)]種であると推定される。 今後、上述の知見をもとにさらなる展開を行い、Cu触媒活性種を解明するための研究を行う予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初の研究目的を達成するために、研究を効率的に進めた結果、経費を節約できた。さらには触媒活性種に関して当初予想していなかった新たなCu錯体の生成を示唆する結果を最近得ることができた。すなわち先述のように、CuOTfとNHC-Ag錯体をTHF 中で処理すると、Cu種を含むアゾリウム誘導体が新たに形成していることが示唆された。ここで得られたCu錯体は空気中に安定であり、さらに触媒反応を行うと、Method Aでは(R)-1,4-付加体が得られ、一方Method B では、(S)-体が80%を超えるエナンチオ過剰率で合成できることを見出した。 このような現象は、従来に報告例がなく、学術的に極めて興味深いものであり、さらなる検討の必要性が生じた。
|
次年度使用額の使用計画 |
先ずは、CuOTfとNHC-Ag錯体をTHF 中で処理するとにより得られるCu種の構造情報を得る目的で、DMSO-d6中でのNMRを測定を行い、詳細に検討することでその分子構造を決定することを計画している。現在のところ、予備的な検討からCu種を含むアゾリウム誘導体の形成が示唆されており、新たに形成したCu種の構造は、クプラート[CuX2(azolium)]種であると推定している。今後さらに、錯体を精製し元素分析などを行うことで、その分子構造を確定させる予定である。 また、クプラート[CuX2(azolium)]種を用いて、立体選択性の反転を可能にする触媒系の開発を目的に、反応条件を精査し最適条件を決定する。また、ハロゲンイオンなどの添加効果などについても検討し、反応メカニズムの詳細に関する知見を得ることを計画している。
|