イオンの化学形態を知ることは生体機能の解明,食品品質の保持など多くの分野において重要だが,直接的な観測方法がないのが実情であった.本研究課題では,研究代表者らが開発した遠紫外減衰全反射(ATR)分光法によってはじめて観測可能となった水の第一電子吸収バンドや,ハロゲン化物イオンのCTTS(Charge Transfer to Solvent)バンドを利用し,イオンの化学形態を直接観測する新しいスペクトル分析法を提案した.平成26年度には凍結過程を観測するための温調装置を開発し,主にこれを用いて塩の凍結濃縮過程を観測した.NaCl水溶液においては175nm付近にハロゲン化物イオンのCTTSバンドが観測され,これが飽和濃度まで濃度に対して極めて線形な変化を示すことを明らかにした.平成27年度はこれを利用した分光学的塩分定量法を提案した.塩分の定量には通常,イオンクロマトグラフィー,イオン電極法,滴定法(Mohr法)が用いられるが,前処理や指示薬の添加を必要とする.これに対し遠紫外減衰全反射分光法を用いれば,塩化物イオンのCTTSバンドからリアルタイムに塩分を定量することができる.この方法を用いて塩化銀の生成過程や,味噌,醤油などの食品中の塩分定量を試みた.しかしながらATR分光法ではスペクトルに屈折率の情報が含まれてしまうことから,Kramers-Kronig変換が必要である.平成28年度はヨウ化物イオンのCTTSピーク強度比を基準として用い,装置由来の歪みを補正しながらKramers-Kronig変換を実施する補正変換法を提案した.これによってATR測定から正確な遠紫外吸収スペクトルが得られるようになった.
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