研究課題
酸素(O2)貯蔵ヘムタンパク質ミオグロビン(Mb)の機能がヘム電子構造を通して調節される機構およびヘム近傍の構造化学的環境による調節機構の相互の関係を解明する研究を行った。Mbのポリペプチド鎖のN末端から29番目のロイシンをフェニルアラニンに置換したL29F変異体に、トリフルオロメチル(CF3)基をはじめとする種々の官能基をヘム側鎖に導入した一連の化学修飾ヘムを組込んだ再構成Mb変異体試料を調製し、それぞれのO2および一酸化炭素(CO)との結合反応の動力学的パラメータ、O2結合状態におけるヘム鉄のFe2+からFe3+への自発的酸化である自動酸化反応速度定数を計測すると共に、ヘム電子構造とヘムとタンパク質の相互作用を種々の分光法により解析した。L29F変異体では、ヘム鉄に結合したO2がHis64との水素結合に加えPhe29と相互作用するため、O2親和性が高いことが知られていたが、ヘム鉄の電子密度がより高いヘムを組込むことにより、COよりもO2に対して高い親和性を示すタンパク質の創製に成功した。また、逆に、ヘム鉄の電子密度が低いヘムをL29F変異体に組込むことにより、COとO2の親和性を逆転させることにも成功した。さらに、自動酸化反応は、ヘム鉄の電子密度の減少と共に遅くなることを実証することにも成功した。このように、本研究により、高いO2運搬効率と遅い自動酸化反応を兼ね備えた人工酸素運搬体の創製に有用な分子設計指針が提案された。また、O2結合前のデオキシMbにおけるヘム鉄原子の電子密度とヘム鉄と軸配位子His93の結合(Fe-His結合)の関係を解析した結果、ヘム鉄原子の電子密度の減少に伴って、His93イミダゾール環のルイス酸性度が高くなり、Fe-His結合の強度が増大することが明らかとなり、ヘムの電子構造を通したMbの機能の調節機構の解明に重要な知見を得ることに成功した。
1: 当初の計画以上に進展している
赤血球に代わる人工酸素運搬体の創製は、人類の健康維持に必要であると考えられている。Mbの機能を自在に調節する技術の開発は、人工酸素運搬体の創製と実用化に寄与する。本研究は、従来より徹底的に研究されているMbの機能と構造の相関関係を解明する研究を抜本的に見直し、Mb機能の調節機構の解明を通して生体高分子の機能の発現の理解に適用可能な基本原理を発見するという学術的な意義をもつことに加えて、Mbの機能を人工酸素運搬体として最適化するための技術を開発するという応用面での価値の高さももっている。本研究で特に着目したのは、Mbに補欠分子族として含まれるヘムの電子構造である。ヘムの電子的性質に焦点を当てた研究は従来より盛んに行われているが、ヘム電子構造を大きくかつ系統的に変える試みは行われて来なかった。本研究では、ヘム側鎖のCH3基をCF3基に部位特異的に置換する戦略を用い、ヘム電子構造を大きくかつ系統的に変えた。これら化学修飾ヘムをMbおよびMb変異体に応用することにより、Mbの機能調節において、ヘム電子構造の寄与とヘム近傍の構造化学的環境の寄与が互いに独立して作用していることが明らかになった。さらに、この研究成果を活用して、上述の研究実績の概要の通り、COよりもO2に対して高い親和性を示すMbの創製に成功すると共に、O2とCOの親和性の比を最大10万倍の範囲で調製するする技術の開発に成功した。さらに、ヘムの電子構造の調節を通して、O2結合状態のMbにおける還元型Feの安定性を増大させて、酸化型Feへの自発的酸化である自動酸化反応を抑制しすることにも成功した。これらの研究成果から、当初の計画以上に進展していると判断する。
①種々のミオグロビン(Mb)変異体に化学修飾ヘムを導入した一連の試料の調製、②それら試料と酸素(O2)、一酸化炭素(CO)の結合および解離反応速度定数のストップトフロー法による測定を通したアミノ酸置換とヘムの化学修飾がMb機能に与える影響の解析、③共鳴ラマン分光法および紫外共鳴ラマン分光法の測定を通したヘム鉄と配位子の結合とタンパク質の疎水性コアの性質の解析、④NMR 溶液構造解析とX線結晶構造解析によるMbにおけるタンパク質部分と化学修飾ヘムとの相互作用の解析、⑤理論化学的解析を通したMb機能とアミノ酸置換およびヘム化学修飾の関係の解明を行う。なお、理論化学的解析の具体的な内容としては、ヘムの化学修飾がヘム電子構造に与える影響を密度汎関数法計算、分子軌道法計算等による量子化学計算で明らかにする予定である。具体的には、ポリペプチド鎖のN末端から29番目のロイシンをフェニルアラニンに置換したL29F変異体に加えて、N末端から64番目のヒスチジンをグルタミンに置換したH64Q変異体およびこれらの二置換体L29F/H64Qの調製を予定している。そして、L29FおよびL29F/H64Q変異体では、ヘム鉄に結合したO2とPhe29の双極子-多極子相互作用を紫外共鳴ラマン分光法により行う予定である。紫外領域の光でラマン散乱を観測することにより、芳香族アミノ酸残基のスペクトルを共鳴効果によって選択的に測定することができるため、原理的には、同一条件で測定した天然Mbの紫外共鳴ラマンスペクトルを基準として、L29FおよびL29F/H64Q変異体との差スペクトルを求めると、Phe29側鎖のみについての電子構造を選択的に解析することが出来ると考えている。このようにして、L29F変異体で、ヘム鉄に結合したO2に誘起される双極子との相互作用によりフェニル環の多極子が受ける影響を明らかにする。
研究が予想以上に進展したため、特にミオグロビン(Mb)変異体に関しては当初計画には含めていなかった理論化学の研究者との打合せを平成26年度中に行う必要が生じたと共に、次年度実施予定の試料調製、測定、データ解析を、計画を前倒して26年度から実施することにしたため、前倒し支払請求を行った。しかしながら、理論化学的考察の結果、Mb変異体の分子設計を最適化すれば研究をより効率的に進展させることができる可能性があることが明らかになったため、試料調製の最適化を済ましてから、測定を行うこととした。結果として、前倒し支払請求とほぼ同額の次年度使用額が生じた。
次年度使用額と平成27年度に請求する金額の合計金額は、当初計画とほぼ同額であるので、当初の計画通り使用する予定である。
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