研究課題/領域番号 |
26410172
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
山本 泰彦 筑波大学, 数理物質系, 教授 (00191453)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | ヘムタンパク質 / ヘム電子構造 / 配位子結合反応 / 機能調節 / 人工酸素運搬体 |
研究実績の概要 |
酸素(O2)貯蔵ヘムタンパク質ミオグロビン(Mb)の機能を人工酸素運搬体として最適化するための分子設計指針を得るために、平成27年度はMbのポリペプチド鎖のN末端から64番目のヒスチジンをグルタミンに置換したH64Q変異体に、ヘムの側鎖として強い電子求引性を示すトリフルオロメチル(CF3)基を導入したCF3基導入ヘム2種類とそれらのカウンターパートとしてCF3基/CH3基の関係で対応付けることができる化学修飾ヘム2種類を組込んだ再構成H64Q変異体試料を調製し、それぞれにおけるO2および一酸化炭素(CO)の結合反応と自動酸化反応を解析した。そして、H64Q変異体で得られた結果を天然のMbでの対応する結果と比較することにより、ヘム鉄に結合したO2の安定化に対する64番目の残基の水素結合の寄与は、His64の場合に比べてGln64の場合は大幅に小さいことが確認された。また、H64Q変異体でも、CF3基導入に伴うヘム鉄の電子密度の減少は、CO親和性にはほとんど影響を与えないのに対し、O2解離反応速度の増大により、O2親和性は低下した。また、自動酸化反応速度は、ヘム鉄の電子密度の減少に伴い大幅に減少した。H64Q変異体で得られたヘム鉄の電子密度とこれら機能の関係は、天然のMb、H64L変異体、L29F変異体で私共の従来の研究から得られている関係とほぼ同様であった。O2結合状態は、Fe2+(O2)とFe3+(O2-)の間の共鳴として存在すると考えられることから、ヘム鉄の電子密度の減少に伴うO2親和性の低下と自動酸化反応速度の減少は、この共鳴がFe2+(O2)側へ偏ることに起因すると考えることができる。このように、本研究により、ヘムの電子構造の変化とヘム近傍の構造化学的環境は、互いに独立してMbの機能を調節することが実証され、人工酸素運搬体の創製に有用な分子設計指針が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ミオグロビン(Mb)の機能は、ヘムの電子構造を通した電子的因子とヘム近傍のアミノ酸残基による構造化学的因子により調節される。Mbの機能を人工酸素運搬体として最適化するためには、これら2つの因子それぞれがどのようにMbの機能調節に関わっているかを明らかにすると共に、これら因子を通した調節機構相互の関係を明らかにする必要がある。本研究の目的は、Mbのヘムの側鎖のCH3基を強い電子求引性を示すCF3基に置換することによりヘムの電子構造を系統的に変化させる手法およびMbのヘム鉄に結合した酸素(O2)と直接相互作用するアミノ酸2残基の部位特異的置換を通した構造化学的摂動によりヘム鉄(Fe)に結合したO2の安定化を変化させる手法を組合せて、電子的因子と構造化学的因子がMbの機能に与える影響を明らかにすることである。これまでに、天然のMb、H64L変異体、L29F変異体、H64Q変異体の研究を完了しており、電子的因子と構造化学的因子それぞれおよび相互の関係がMbの機能に与える影響は概ね互いに独立していることを実証することに成功したが、Fe-O2とHis64(またはGln64)およびPhe29の間の電子的な相互作用の存在を示唆する実験結果も得られた。そこで、最終年度でFe-O2とHis64(またはGln64)水素結合とヘム鉄に結合したO2の双極子とPhe29フェニル環の多極子の相互作用がO2の電子的性質を通して調節される仕組みを解明する研究に基づいて、Mbの機能調節に関する新しい概念を生み出す研究を行う。また、本研究課題が採択されて以来試みてきたX線結晶構造解析のための単結晶試料の調製およびX線回折実験を概ね済ませているので、今後の研究で、Mbのヘムポケット内部におけるCF3基導入ヘムとタンパク質の相互作用を詳細に解析する予定である。これらの研究成果から、本研究課題は、当初の計画以上に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
Mbのポリペプチド鎖のN末端から29番目のロイシン(Leu29)をフェニルアラニンに置換したL29F変異体、L29F変異体に加えてHis64をグルタミンまたはロイシンに置換したL29F/H64Q変異体、L29F/H64L変異体それぞれに種々の化学修飾ヘムを導入し、従来の同様に、①O2、一酸化炭素(CO)の結合および解離反応速度定数のストップトフロー法による測定、②共鳴ラマン分光法の測定を通したヘム鉄と配位子の結合の解析、③NMRによるMbにおけるタンパク質部分と化学修飾ヘムとの相互作用の解析、④理論化学的解析を通したMb機能とアミノ酸置換およびヘム化学修飾の関係の解明を行う。そして、L29Fアミノ酸置換により導入されたPhe29のフェニル環の多極子とヘム鉄に結合したO2の双極子との相互作用の性質を解明する。さらに、このPhe29のフェニル環の多極子とヘム鉄に結合したO2の双極子の相互作用と、His64あるいはGln64とヘム鉄に結合したO2の水素結合の両者の関係が、O2の電子状態によりどのような影響を受けるのかを明らかにする。そして、これらの研究を通して、Mbに結合したO2の安定化を調節するための分子設計指針を得る予定である。 また、本研究課題が採択されて以来試みてきたX線結晶構造解析のための単結晶試料の調製およびX線回折実験がようやく今年度中に完了する予定であり、MbのヘムポケットにCF3基導入ヘムが天然のヘムと同様に組み込まれていることを初めて実証する予定である。今後は、分解を向上させてMbのタンパク質に対するCF3基導入ヘムの配向の決定、ヘムポケット内部でのヘム側鎖CF3基の特異的相互作用の有無の確認およびCF3基導入ヘムが組み込まれることによるMbのタンパク質の立体構造の変化の解析を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度~平成28年度の3年間で実施予定の当該研究課題は、予想以上に進展している。そのため、今年度当初予定にはなかったが、関連する研究分野の学会での研究成果の発表と情報収集のための出張を行い、現時点での成果を確認すると共に、関連する研究分野における最新の知見を得て、次年度(最終年度)に向けて研究を加速することとした。そのために、旅費およびタンパク質試料の調製と種々の測定のための実験に必要なカラム充填剤、緩衝液、ガラス器具などの購入のための消耗品費が必要となるため、前倒し支払請求を行った。実際には、測定条件の最適化などにより、試料調製が予想より少量で済んだため、結果として、前倒し支払請求額の約6割の次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用額と平成28年度に請求する金額の合計金額は、当初計画と概ね同額であるので、当初の計画通り使用する予定である。
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