整形外科領域では,転倒による大腿骨骨折や変形性関節症などに対して,人工股関節を用いた関節形成術が広く行われている.しかし,術後に,痛み,過敏症,周囲組織の壊死などを発症し,数年で再手術を余儀なくされる症例が報告されている. 主流のモジュラー型は,ステムとネック,ヘッドとネックの間に,金属同士の接触部がある.近年,再手術で抜去したヘッド,ネックのジャンクション部分に変色が見られ,そこで腐食が発生して,金属イオンの溶出が疑われてきた. 本来,人工関節材料であるコバルトクロム合金は,表面の不動態被膜によって,金属腐食が防がれている.よって,その腐食が,ヘッドとネックの微小摩耗(フレッテイング)によって,促進されたと,考えられてきた.しかし,人工臼蓋と人工骨頭の間の摩擦部分より小さい摩擦距離で大きな腐食が発生する理由は,これまで,明らかでなかった. 本研究では,コバルトクロム合金同士の往復動摩擦実験を行って,不動態被膜の損傷の度合いを腐食電位計測で評価した.その結果,摩擦を開始すると、腐食電位は、摩擦ストローク0.1 mmの場合,0.05V低下した.1 mmの場合は,0.15V低下した.また、摩擦運動を停止した後,腐食電位は,次第に回復した.その回復の時定数は,ストロークが0.1 mmの場合は,0.2 sで,それが,ストローク1 mmでは,0.05 sになった.すなわち、摩擦ストロークが短いと,不動態被膜の損傷度は大きいことと,損傷した不動態被膜の回復に要する時間が拡大することが,明らかとなった.この結果は,人工股関節のデザインの改善により,生体への有害反応を防ぐことが可能になることを示唆された.
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