ヒトを含む霊長類は、「意思決定」や「注意」といった高次脳機能を有することで、複雑な環境に対応するための適切な思考や行動を生み出している。これら高次脳機能の制御において、広範な大脳皮質の中でも特に前頭前野が重要な役割を果たすことが多くのヒト脳損傷患者の心理学的研究、ヒト機能的磁気共鳴画像法、そしてサル脳の破壊実験によって示されている。その制御メカニズムとしては、前頭前野が投射を介して他領野の神経活動を制御するトップダウン制御が提唱されている。しかし、神経回路を直接操作する技術が霊長類で未開発なため、この仮説の検証は国際的に停滞している。この開発の阻害要因として、霊長類では遺伝的背景が同一の個体が存在せず、遺伝子組換え技術が未成熟なため、再現性良い遺伝子発現操作が困難な点が挙げられる。また、サル使用数の制限やヒトでは侵襲実験が不可など倫理的制約も一因である。霊長類研究のブレークスルーのためにも、これらの問題を克服した新規技術の開発が国際的に待たれている。
申請者は、この問題を解決するため、ヒトと近縁であり、ヒト脳との構造的、機能的相同性が高く、ストレスに強いため困難な認知課題の訓練に耐えられ、侵襲実験が容易なマカク属サルを用い研究を行った。具体的には、比較的長期の遺伝子発現を可能とするアデノ随伴ウイルスベクターを用い、大脳皮質内で最長投射の1つであるサル前頭前野と下側頭葉皮質TE野間において、遺伝子発現誘導を1個体内で繰り返しon/offする試みを行った。結果、シナプス情報伝達阻害分子であるテタヌストキシンの誘導に成功している。この遺伝子発現誘導はドキシサイクリン投与によって可逆的に制御されるよう設計されている。
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