アルツハイマー病(AD)は進行性の認知機能の低下を症状とする神経変性疾患であり、ADの病理学的特徴の一つ、老人斑の主要構成成分であるアミロイドβ(Aβ)の代謝バランスが崩れることが発症の原因とする「アミロイド仮説」が広く支持されている。 本研究では、脂質系シグナル制御因子である、スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)とその産生酵素であるスフィンゴシンキナーゼ2(SphK2)についてAβ代謝に与える影響を検討した。 その結果、SphK2特異的阻害剤により、SH-SY5Y細胞から産生されるAβ産生が減少する事を確認した。S1Pは脳内でグリア細胞の活性を制御し神経炎症反応を制御している。また、グリア細胞は、ADのリスクファクターの一つであるアポリポタンパク質E(APOE)の発現誘導を介してAD発症機構に関与している可能性が考えられている。そこで、ヒトアストロサイト由来細胞株であるU87を用い、SphK2阻害薬、遺伝子のノックダウン、ノックアウト法などを用いてSphK2のAPOE発現に与える影響を検討した。APOEの強い誘導剤であり、AD治療効果が報告されているLXR、RXR核内受容体アゴニストを用いたところ、SphK2の活性はAPOEの発現を転写レベルで強く抑制していることが見出された。SphK2活性がAD患者脳で上昇していることからも、SphK2/S1PシグナルがAD発症機構と関連しており、Aβの代謝、神経炎症反応を同時に制御できる因子であることが示唆された。 また、他のシグナル脂質の代謝機構とAβ代謝の制御機構についても検討を行い、毒性の強いAβ産生の誘導や、APP代謝物であるAPP-CTFの代謝に影響を与える因子について同定された。 今後、Aβの代謝に影響するか、ADモデル動物の改善効果など、SphK2阻害薬がAD根治療法として有効であるか検討していく予定である。
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