研究課題/領域番号 |
26430104
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
芳賀 永 北海道大学, 先端生命科学研究科(研究院), 教授 (00292045)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | がん細胞 / 浸潤 / メカノセンス / 炎症性反応 / 転写調節因子 |
研究実績の概要 |
本研究課題では,がん細胞を取り囲む基質の硬化とがん細胞の浸潤能亢進との関係を明らかにし,がん細胞が悪性化する機序の解明を目指す.研究代表者はこれまでに,がん細胞の培養基質が硬くなると,炎症に関わる転写因子NF-kBの活性が上昇することを発見した.様々ながん細胞を硬い基質と軟らかい基質で培養し,NF-kBのサブユニットであるp65の局在と活性を比較したところ,基質の硬さに依存して炎症性反応が亢進することを見出した.このことは,がん細胞が基質の硬さをストレスと感じ,炎症性の反応を示した結果といえる.そこで,本研究では,これらの結果をふまえて,基質の硬さが誘引する炎症性反応と浸潤能が亢進する機序の解明を目指すことを目的とした. 平成26年度では,交付申請書の研究実施計画に従って,がん細胞がどのようにして基質の硬さを感知するのかを明らかにするために,ヒト肺がん細胞,ヒト乳腺がん細胞,ヒト肉腫細胞など数種のがん細胞株を硬さの異なる基質中で培養し,基質との接着タンパク質であるインテグリンの発現および活性を調べた. その結果,多くのがん細胞株において,インテグリンβ1の発現と活性が上昇し,さらにインテグリンα2の発現が上昇している細胞種も観察された.とくに,食道がんの細胞においては,軟らかい基質中で集団で浸潤する様子を観察することに成功し,さらに,インテグリンβ1の活性を阻害することで集団として協調性を失わせることに成功した. さらに,平成26年度では,アクトミオシンの収縮力を制御するシグナル経路を調べた.培養基質の硬さがもたらす刺激を模倣するために,積極的に細胞に機械的な刺激を加えた.その結果,ROCKが基質の硬さを感知する上で重要な役割を担うことが明らかとなった. これらの結果は,平成26年度内に原著論文として公表することができた.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成26年度では,研究実施計画をすべて遂行し,得られた成果を原著論文として公表することができた.さらに,当初は平成27年度に予定していた実験計画を先取りする形で遂行するに至り,平成27年度の日本細胞生物学会,および日本癌学会において成果を発表する予定であるとともに,原著論文として公表すべく現在すでに査読の段階にある. 具体的には,転写調節因子ATF5とがん細胞の浸潤能亢進について新たな知見を得た.ルシフェラーゼレポーターアッセイ法を用いることで,種々のがん細胞においてATF5がインテグリンの転写を制御することが明らかになったのである.これまで,インテグリンの転写機構は解明されていなかったので,この発見は学術的に大きな意義があるといえる. さらに,当初は平成28年度に予定していた実験計画にも着手し,基質分解酵素の一つであるマトリライシン(MMP-7),アクチン結合タンパク質の一つであるフィラミンBによる基質の硬さと浸潤能の亢進についても実験を開始するに至った. 以上のことから,当初の計画以上に研究目的が達成されているといえる.
|
今後の研究の推進方策 |
今後は研究実施計画をさらに推し進めるべく,基質の硬さによって炎症反応が惹起され浸潤能の亢進をもたらすシグナル経路を探索する.転写因子としてATF5に加えてYAPも候補として実験を行う.本研究のこれまでの成果によって,これら2種の調節因子がインテグリンの転写に関わっていることが明らかとなっている.様々ながん細胞でその普遍性を検証する. 炎症性反応としては,NF-kBの活性に注目する.基質が硬くなるとNF-kBの活性が上昇し,炎症性反応が惹起されることが明らかとなったので,平成27年度では炎症性反応によってATF5ならびにNF-kBの活性が上昇するのかどうかを検証する. さらに,マトリライシン(MMP-7),およびフィラミンBがもたらす浸潤能の亢進についても実験を進め,基質の硬化によってがん細胞の悪性化が促進される機序に迫る.具体的な実験方法として,ATF5,YAPを過剰発現あるいは発現抑制したがん細胞変異株を樹立し,硬さの異なる基質中に3次元培養し,浸潤に関与するタンパク質のmRNAおよびタンパク質の発現を調べる.
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度は研究実施計画を当初の想定以上に効率良く進めることができた.具体的には,高価な試薬を必要とするルシフェラーゼレポーターアッセイ,ウェスタンブロット,リアルタイムPCRなどにおいて,通常であればプロトコールを最適化するために幾度と試行錯誤を必要とするのであるが,平成26年度は実験の効率化を目指して,これまで以上に綿密に実験計画を立案した.その結果として,次年度使用額が生じ,マイクロアレイアッセイなどの実験が実施可能となった.
|
次年度使用額の使用計画 |
本研究課題においては,「現在までの到達度」に記載したとおり,当初の研究計画以上に進展している.とくに基質の硬さと転写因子との関係を調べる研究,ならびに基質分解酵素,アクチン結合タンパク質との関係については平成26年度中に研究に着手することができた.平成27年度では研究の進捗をさらに加速するために,平成26年度で生じた次年度使用額を用いて,基質の硬さが異なる培養条件でマイクロアレイアッセイなど比較的高単価な実験を行い,原因シグナル経路の網羅的な探索を加速させる.
|