研究課題/領域番号 |
26430113
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
山崎 大輔 大阪大学, 微生物病研究所, 助教 (50422415)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 大腸がん / 発がん |
研究実績の概要 |
前年度に行ったマウス大腸発がんモデルの実験結果から、MagEX遺伝子を欠損したマウスにおいて大腸での発がんが促進していることが明らかになった。そこで、MagEXがどのような分子機序で発がんを抑制しているのかを明らかにするため、MagEX遺伝子欠損マウスの大腸組織を解析した。細胞増殖マーカーKi67に対する抗体を用いて大腸組織の免疫染色を行ったところ、MagEX遺伝子欠損マウスにおいて腸管上皮底部に存在する増殖性細胞の数が、野生型マウスのそれと比較して2倍に増加していた。一方で、腸管上皮における分化細胞マーカーのひとつクロモグラニンA陽性細胞の数は減少していた。腸管上皮においてはその底部に存在する幹細胞が増殖、分化することで、組織が形成されることが知られている。これらの結果から、MagEX遺伝子欠損マウスでは腸管上皮幹細胞の数が増加する一方で、その分化が抑制されている可能性が考えられた。そこでマウス大腸より腸管上皮細胞を単離し、オルガノイド培養法を用いてそれらの培養を試みたところ、MagEX遺伝子欠損マウスの腸管上皮細胞を野生型のそれと同様に継続的に培養することができた。そこで両者の増殖を比較したところ、MagEX遺伝子欠損マウスの腸管上皮細胞は野生型のそれと比較して増殖が速いことがわかった。このことからMagEXは腸管上皮細胞の増殖を制御していることが示唆される。腸管上皮細胞の増殖制御にはTRPV1依存的な細胞内へCa2+流入が重要であることが知られていたので、Ca2+イメージングによりそれを検討した。野生型マウスの腸管上皮細胞では、TRPV1のアンタゴニストであるカプサイシンによるCa2+流入が認められたが、MagEX遺伝子欠損マウスのそれではCa2+流入が抑制されていた。これらの結果からMagEXはTRPV1を介して腸管上皮細胞の増殖を制御している可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度における研究の目標は、MagEXが大腸発がんを抑制する機序を細胞レベルで明らかにすることであった。MagEX遺伝子欠損マウスの大腸組織を解析したところ、MagEXが腸管上皮細胞の増殖を負に制御していることが分かった。腸管上皮組織においては、未分化な腸管上皮幹細胞および前駆細胞のみが増殖していること、そしてそれらの細胞の増殖制御の破綻は大腸発がんにつながることが知られている。これらのことを考え合わせると、MagEXは腸管上皮細胞の増殖制御を介して大腸発がんを抑制している可能性が高く、当初の研究目標を達成するうえで重要な手掛かりを掴むことができたと考えられる。またオルガノイド培養を利用した腸管上皮細胞の実験から、MagEXがCa2+シグナルを介して腸管上皮細胞の増殖を制御している可能性が示唆されており、これはMagEXによる大腸発がん制御の機序を分子レベルで理解する上で大きな進展である。しかしながら、MagEXがどのようにしてTRPV1によるCa2+流入を制御しているのかは不明なままであり、当該年度において培養に成功した腸管上皮細胞を用いてその分子機序を明らかにすべく、解析を進めているところである。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、MagEXが炎症性大腸発がんや大腸がんの悪性化において果たす役割を明らかにすることである。これまでの成果から、MagEXが腸管上皮細胞の増殖を制御していることが明らかになった。腸管上皮組織では、クリプト底部に存在する未分化な細胞のみが増殖し、それらが分化することで腸管上皮に必要な機能をもつ細胞が生み出される。MagEX遺伝子欠損マウスの表現型から、MagEXは未分化な細胞の増殖を促進する一方で、一部の細胞の分化を抑制していることが示唆される。これらの腸管上皮の異常が、MagEX遺伝子欠損マウスで認められた大腸発がんの促進やがんの悪性化につながっている可能性が高い。そこで今後の研究においては、MagEXがどのような分子機序で腸管上皮細胞の増殖や分化を制御しているのか、を明らかにすることが肝要だと考えられる。本年度の研究により、MagEX遺伝子欠損マウスの腸管上皮細胞では、Ca2+の流入が抑制されていることが分かった。重要なことにMagEX遺伝子欠損マウスの精子においても、Ca2+の流入が抑制されることでその運動機能が低下し、その結果雄性不妊となることを見出している。したがって腸管上皮細胞においても、MagEXがCa2+の流入を介して細胞機能を調節している可能性がある。しかしMagEXが腸管上皮細胞においてどのような分子機序でCa2+の流入を制御しているのかは不明であり、今後の研究においてはこの点を詳細に解析することで、MagEXと大腸がんの関係を明らかにしていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では、MagEXが発がんやがん悪性化を抑制する分子機構を明らかにするため、腸管上皮細胞におけるMagEXの標的分子の同定を目的とした、マイクロアレイを用いた網羅的な遺伝子の検索およびその遺伝子発現のPCRを用いた検討を予定していた。しかしマウス精子におけるMagEXの機能解析から、MagEXがCa2+シグナルを制御していることが明らかとなり、さらには同様の制御機構が腸管上皮細胞においても保存されていることを示唆するデータを得ることができた。腸管上皮細胞におけるCa2+シグナルの破綻は、発がんにつながることが知られており、MagEXもまたCa2+シグナルを介して発がんを抑制している可能性が高い。そこで当初予定していた腸管上皮細胞におけるMagEXの標的遺伝子の網羅的解析を中止したので、それに必要だと考えていた額を使用しなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
MagEXが大腸発がんを抑制する分子機序をより詳細に解析するため、腸管上皮細胞におけるMagEXの役割を検討する。野生型およびMagEX遺伝子欠損マウスより回収した腸管上皮細胞において、細胞増殖および細胞分化を増殖および分化マーカー分子の免疫染色により比較する。また腸管上皮細胞において細胞増殖の制御に関与するCa2+チャネル分子TRPVファミリーに注目し、その機能を調べる。具体的にはTRPVファミリー分子をそれぞれ特異的に活性化するアゴニストで腸管上皮細胞を刺激し、Ca2+イメージングによりMagEX遺伝子の欠損が影響を及ぼすCa2+チャネルを同定する。MagEXと機能的に関連するCa2+チャネルが同定できた場合には、Mg2+がそのチャネルに与える影響を調べるとともに、そのチャネルが腸管上皮細胞の増殖や分化に与える影響を検討する。
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