研究課題
被子植物の生殖は、花粉の柱頭への付着(受粉過程)ではじまり、花粉管の胚珠への誘引を経て、受精が成立する。これら一連の過程では、雌蕊と花粉との細胞間コミュニケーションにより適切な花粉(和合花粉)が選抜される。申請者はこれまでに、この細胞間コミュニケーションに、カルシウムイオンや活性酸素が関与することを示してきた。本申請では、和合受粉から受精に至る過程での花粉・雌蕊細胞内におけるカルシウムイオンを介した情報伝達系の実体を明らかにすることを目的としている。アブラナ科植物では、非自己(和合)花粉が受粉すると花粉の吸水発芽が起こるのに対して、自己(不和合)花粉が受粉すると、花粉の吸水発芽が抑制され、結果的に受精が阻害される。研究代表者はこれまでにこの自家不和合性反応が、花粉表層にあるSP11タンパク質と雌蕊乳頭細胞膜にあるSRKという受容体の相互作用により誘導されることを明らかにしてきた。和合・不和合受粉過程における乳頭細胞内のカルシウムイオン動態を比較解析した結果、和合受粉時には顕著なカルシウムイオン変動が見られず、不和合受粉時にのみ受粉後5分以内に一過的なカルシウムイオン濃度の上昇がおきることを見出し、このカルシウムイオン上昇がグルタミン酸受容体型チャネル(GLR)を介したCa2+流入によることを示した。研究代表者は、これまでに和合受粉時に乳頭細胞から花粉へのCa2+の輸送にAutoinhibited Ca2+-ATPase (ACA) 13が関与することを明らかにしている。新たにGLRを介したカルシウム輸送の存在が示されたことで、今後これら輸送体の調節機構の解明が、雌蕊/花粉間コミュニケーションの実体解明につながると考えられる。
2: おおむね順調に進展している
これまでに研究代表者は、和合受粉過程では乳頭細胞から花粉へのカルシウムイオンを含んだ水の輸送が起きることを明らかにし、それに関わる分子としてAutoinhibited Ca2+-ATPase (ACA) 13を同定した。そして、ACA13タンパク質が細胞膜だけではなくゴルジベシクルに存在することを明らかにした。今年度、ゴルジベシクルのライブセルイメージング、カルシウムイメージング、電子顕微鏡トモグラフィーによる解析を予定通り進めた。一方で、和合受粉とは表裏の関係にある不和合受粉過程の解析では、乳頭細胞内のカルシウムイメージングにより和合受粉反応とは逆に細胞外からの流入により細胞内のカルシウムイオン上昇が誘起されることを見出した。そして阻害剤の実験によりこの上昇に関わる分子としてグルタミン酸受容体型チャネル(GLR)の関与が示唆された。しかし、シロイヌナズナゲノムには20の分子種が存在することと、トランスクリプトーム解析により乳頭細胞でも数種類の分子種が発現していることが明らかになり、GLRの多重変異体を作成し、その乳頭細胞プロトプラストの系を用いることでGLRの関与を明らかにした。このように2種類のカルシウム輸送体が同定されたことから、和合受粉過程の解明に向けての研究は順調に進んでいる。本研究のもう一つの研究課題である花粉管ガイダンスにおける細胞間コミュニケーションについては、蛍光イメージングによる光毒性が問題となっていたが、これを回避するイメージングシステムを構築して今後研究を進めていく。
1)細胞内におけるカルシウム変動は、障害応答、環境応答などでも見られ、自家不和合反応との共通点が以前から指摘されている。従って、本研究で明らかになったACAやGLRなどのCa2+輸送体が障害応答、環境応答などでどのように機能するかを解明することは、重要である。しかし、シロイヌナズナでは遺伝子重複があるため、これらの機能解析を進めることは難しい。そこで本年度は、遺伝子重複が少ないゼニゴケを利用する。はじめにゼニゴケでカルシウムイメージング系を新たに構築し、障害応答、環境応答、受精時などにおけるカルシウム動態を明らかにする。次に、ACAやGLRなどのCa2+輸送体の遺伝子破壊株を作成して、その影響を調べる。さらに、これまでのプロテオーム解析で、アブラナ科植物の乳頭細胞でACA13と相互作用する分子として見出された分子についても遺伝子破壊株を作成して解析する。2)花粉管ガイダンスにおける細胞間コミュニケーションについては、蛍光イメージングによる光毒性が問題となっていた。特に長時間の蛍光イメージングでは、野生型の場合にも花粉管の伸長停止が起こり、一方胚嚢細胞においては花粉管バーストに至る確率が低く、バーストまでに要する時間も長いため、変異体の機能解析が難しかった。今後は新規に当研究室で開発された新規イメージングプローブを利用して、花粉管と胚嚢細胞(卵細胞、助細胞)のCa2+動態を連続的に観察できるイメージングシステムを構築する予定である。さらに突然変異体に導入することで、遺伝子の機能解明につながると期待できる。
平成27年度は、計画変更して、既存の形質転換体の解析やライブセルイメージング、電顕トモグラフィー解析などの画像処理を中心に研究したので、新規の形質転換体作成は行わず、形質転換体作成に必要な分子生物学試薬などを購入しなかった。そのため、次年度使用額が生じた。
当初平成27年度に予定していた新規の形質転換体作成を本年度に行う。そのため、新たに分子生物学試薬や形質転換体作成のための試薬と器具類を前年度使用しなかった予算で購入する予定である。またそれに伴い、顕微鏡観察に必要なフィルター類の購入も予定している。
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