研究課題/領域番号 |
26440163
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
窪川 かおる 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 特任教授 (30240740)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 甲状腺 / ナメクジウオ / ヨウ素 / 内柱 / RNAseq / トランスクリプトーム解析 |
研究実績の概要 |
脊椎動物の内分泌機構は,脊椎動物だけが獲得した特有の生体調節機構である.私たちヒトも脊椎動物としての内分泌機構をもつ.微量なホルモンの調節が狂うと,膵臓のインスリンで糖尿病,甲状腺の甲状腺ホルモンで代謝異常など,身近な病気の原因となる場合が多い.この内分泌機構の解明は,フィードバックや何段階もの反応で複雑なために全容解明が難しい.そこでひとつずつ紐解く研究をするが,脊椎動物への進化の過程を研究し,現在の内分泌機構の成り立ちを明らかにすることは重要な解明の糸口となる. 本研究は,脊椎動物との共通祖先から分岐したナメクジウオを材料とし,その内分泌物質と分泌器官の存在を明らかにし,脊椎動物の内分泌機構の起源を考察することを目指す.分泌器官として内柱に注目した.内柱は甲状腺の祖先型器官と考えられ,ヨウ素の取り込みおよびヨウ素が付加された甲状腺ホルモンの存在が確認されている.初年度は,甲状腺関連遺伝子を内柱からクローニングし,その内柱での発現部位をin situハイブリダイゼーション法を用いて明らかにした.さらに免疫染色法により甲状腺特異的な物質の存在を確認した.内柱は分泌の有無と細胞の形態により左右対称な6区画に分けられるが,それぞれの区画で発現に違いがみられ,区画5のみが甲状腺ホルモン分泌機能をもつことを明らかにした.それ以外の区画では糖タンパク質ホルモンの存在がみられた区画もあった.そこで内柱の甲状腺機能以外の働きを平成27年度は注目した. 平成27年度は甲状腺関連以外の遺伝子を調べるため,内柱のRNAを抽出してトランスクリプトーム解析を行った.組織特異性の検出のためには鰓のトランスクリプトーム解析を同時に行った.内柱に特異的および内柱の方が鰓よりも発現量が多い遺伝子が明確になった.糖タンパク質ホルモンは1種のサブユニットのみ検出され,分子進化からも興味深い結果となった.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
交付申請書に明記した平成27年度の計画概要は,ナメクジウオの内分泌関連物質の存在する器官と局在を明らかにすることと機能の推定である.さらに様々な生理条件のサンプルを集めて機能推定の準備をすることも含まれている.平成27年度の進捗状況は,甲状腺原基である内柱に注目して研究を進めており,甲状腺関連物質の内柱での存在はほぼ解明でき,機能の推定も行うことができたが,機能は実験による確証までは至らなかった.また機能の推定のために採集時季を変えて生理条件の異なる個体を準備する計画は,渥美半島沖でのナメクジウオの採集の機会が天候などで計画通りにいかなかったため理想通りには進まなかった.しかし繁殖期と非繁殖期の材料は得られたので最大のイベントである生殖に関する内分泌機能に関してはトランスクリプトーム解析が実施できる準備ができた.
|
今後の研究の推進方策 |
平成27年度の継続実験を行う.実験方法はトランスクリプトーム解析,in situハイブリダイゼーション法,免疫組織化学法を用いる.トランスクリプトーム解析は,内柱,鰓,神経索など新たに注目する器官を増やすこと,繁殖期と非繁殖期の区別をすることを予定している.予算は8サンプルのリード読みだけを受託して使い切ることになる.解析は本科研費で購入したCLC解析ソフトを使い,組織特異的な遺伝子の抽出,組織間の発現量の比較,ナメクジウオのゲノムのde novo解析による新規遺伝子の探索を行う.代表者の所属が東京大学海洋アライアンスになり実験室を持たないため,実験は東京大学三崎臨海実験所の他に連携研究者の大阪市立大学と弘前大学で実施することになる.遺伝子の発現部位とその物質的確認は,トランスクリプトーム解析結果に基づき対象とする遺伝子を決定してからの実施となる.また3年間の結果を論文発表する年度となる. さらにナメクジウオの内分泌器官の進化についてまとめる.過去の科研費でナメクジウオのステロイド代謝についての成果を得ているので,本研究でも内柱やその他の器官でのステロイドとその受容体の存在を明らかにする.また神経索の神経系の形態学的観察の結果と内分泌物質の神経索での局在を合わせ,神経内分泌機構の物質的証拠をできるだけ得る.さらに甲状腺原基である内柱については全体の機能の解明を目標に,これまでの成果をまとめる.以上から脊椎動物の内分泌機構の起源となる神経内分泌系および原始的な内分泌器官についての進化をナメクジウオの研究成果から総合的にまとめ,巧みな脊椎動物の内分泌機構の成り立ちを明らかにする予定である.
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成25年度からの未使用額の未使用分が加算されていることが理由のひとつである.この未使用分はトランスクリプトーム解析のサンプル数を増やすための費用であったが,平成26年度は生体のナメクジウオの採集が天候等の理由で予定回数より少なく,予定していた個体数に達しなかったため,一部は次年度への持ち越しとなった.今年度はまた体長4㎝のナメクジウオを解剖して複数の器官を摘出する作業補助に謝金を使用する予定であったが,前記のように個体数が少なく,さらに協力の申し出もあったために謝金を利用することなく実施した.
|
次年度使用額の使用計画 |
トランスクリプトーム解析のためのサンプルは代表者の採集だけでなく他大学からの入手を予定しており,計画より多くの器官の解析を受託で実施する費用の一部として使用する.器官摘出のための解剖は,サンプル数増によりさらなる人手を要するため,連携研究者の協力を得て,東京大学三崎臨海実験所への教員と学生の旅費および解剖とRNA抽出手伝いの謝金とする.また解析データとその種類の増加のため,CLC解析ソフトのオプションを購入して高度な解析が行えるようにする.
|