移動能力に乏しい夜行性の動物にとって資源への正確な定位は死活問題である。採餌や交尾相手の発見を嗅覚に依存するゴキブリは視覚を使用しなくともメスが出す性フェロモン源に正確に定位できることが知られる。我々は触角の前表面・後表面に由来するフェロモン応答性感覚細胞の軸索がそれぞれ大糸球体の前半分・後半分に強いバイアスを持った投射をすることを明らかにし、この感覚地図を利用する介在ニューロン(投射ニューロン)が存在するのかどうか、存在する場合には当該ニューロンが匂いの方向をどのように符号化するのか、について調べてきた。 これまで1.糸球体から出力する12個の投射ニューロンのうち、大糸球体全域に樹状突起を持ち、前大脳へ投射する巨大ニューロン(L1)のみが触角と直交する6方向からのフェロモン刺激に対して異なる方向依存的応答パターンを示すこと、2.方向依存的応答は興奮性応答の合間に入る局所介在ニューロン由来の抑制性入力によって特徴づけられること、3.大糸球体の前後領域のみに樹状突起を持つ投射ニューロンは存在しないこと、を明らかにした。 今年度の研究では、1.L1以外の投射ニューロンは明瞭な方向依存的応答を示さないこと、2.総研大の松下敦子氏との共同研究により、L1の樹状突起部には出力シナプスが存在すること、3.L1は反対側の触角へのフェロモン刺激に対し、遅い潜時の短い抑制性シナプ後電位(IPSP)入力を受けることを明らかにした。以上の結果より、ゴキブリの投射ニューロンは嗅質とその方向を同時に符号化できる優れた性質をもつこと、L1の樹状突起と局所介在ニューロンの軸索終末によって形成される局所回路が方向依存的応答の生成に重要な役割を果たすことが明らかとなった。
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