研究課題/領域番号 |
26440203
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研究機関 | 北海道教育大学 |
研究代表者 |
渡部 英昭 北海道教育大学, 教育学研究科(研究院), 教授 (10167190)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | ショウジョウバエ / クロショウジョウバエ区 / 東アジア / 系統進化 / 適応放散 |
研究実績の概要 |
中国大陸南西部の雲貴高原はクロショウジョウバエ区の初期適応放散を考える上で重要な位置を占める。研究初年度は,雲南省昆明市の雲南大学生物系および中国科学院昆明動物研究所に保管されているクロショウジョウバエ区の多数のタイプ標本と疑問種の鑑定から開始した。哀牢山・無量山自然保護区(山岳地帯)の異なった標高(それぞれ2070m,1492m)と植生帯(優占樹種はそれぞれ落葉広葉樹,常緑照葉樹)で集中的に野外調査を行い,本分類群に含まれる多くのサンプルを得た。2000m地点からクロショウジョウバエ区の既設の種群には属さないDrosophila flavophila(仮称,新種)が採集された。雲南大学に保管されていた標本(山西省秦嶺山脈産)から本種と近縁の新種(仮称Drosophila clefta-like)を見出した。 塩基配列の分析等は進行中であるが外部形態と生殖器構造の観察から,quadrisetata種群との類縁関係が示唆された。virilis種群に関して雲南省高黎頁山から新種と思われる種が得られた。形態的に本種はmontana phyladに属していることは疑いがなく,ユーラシア中・緯高緯度地方に分布しているDrosophila ezoanaとの類縁関係が示唆された。このことは重要でvirilis種群の初期適応放散も雲貴高原で起こったことを意味する。 下北半島易国間川および大畑川流域で所属不明種Zaprionus flavofasciataの採集を行った。多数の種・個体が得られたが,これまで希少種とされてきた本種が最優占種であった。捕獲後DNA分析用と形態観察用の標本とした。興味深いことは形態形質による系統分析で,Zaprionus flavofasciataは明らかにクロショウジョウバエ区に属し,上記の中国大陸産の所属不明種と近縁であることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
中国南西部の雲貴高原に分布しているクロショウジョウバエ区の多くの標本を鑑定できたことは3年間にわたる本研究を推進する基盤が確立されたことを意味する。中国大陸産クロショウジョウバエ区の研究はTan, Hue & Sheng(1949)の原記載に遡るが,その後タイプ標本の存在は不明となり,種同定に困難が伴っていた。その一つがrobusta種群のDrosophila pullataである。これまでDrosophila lacertosa として分類されていたものに2種が含まれ,そのうち雲貴高原に限って分布し,その棲息場所は人家周辺から二次林である種がDrosophila pullataそのものであることが分かった。robusta種群の姉妹群であるmelanica種群の疑問種Drosophil aferの問題も解決した。 中国産robusta種群の種について系統維持を試みたが,3齢幼虫が得られたDrosophila yunnanensis, Drosophila medioconstrictaなど数種について良好な中期分裂像を得た。本種群の核型進化の新たな提案につながるものである。 一方,既設のどの種群にも帰属していない黄褐色の体色を有するDrosophila flavophila(仮称,新種)等であるが,今回の研究でDNA分析と形態形質解析に使用できる新鮮標本が得られたことは今後の研究の推進を保証する。国内ではZaprionus flavofasciataの新鮮な標本を多数得られたこと,本種は中国大陸産所属不明種との類縁関係が示唆されたことは,クロショウジョウバエ区全体の系統進化の解明に寄与するものである。 所属不明の希少種であるDrosophila calidataの捕獲と実験室系統が確立できなかったが,上記のことから研究は当初の計画通りに進行していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
第一に昨年度の野外調査で得られなかったDrosophila calidataの捕獲を試みる。これまでの採集記録は冷温帯域に限られているが,定期的な採集を行う。クロショウジョウバエ区の棲息場所は渓流沿いに偏在しているが,多くは発酵果実誘引法で採集される。所属不明種は渓流沿いのクリフシェルターで得られているので,ネット採集で行う。このような採集方法による捕獲は暖温帯域では皆無であるので,冷温帯以外の気候帯・植生帯で同様な調査を行う。新種,または地理的亜種,分布上の新知見が期待される。得られた標本はDNA分析用として100%エタノール固定,および外部形態と生殖器構造観察のためのカーレ液固定とする。 第二に,食性に関する研究を網羅的に推進する。melanica種群,virilis種群,およびrobusta種群のrobusta亜群とlacertosa亜群の食物は樹皮・樹液食であることが分かっており,これらの種の実験系統維持にはさほど困難は伴わない。一方,quadrisetata種群,angor種群,robusta種群のokadai亜群,および前述の所属不明種に関しては系統確立あるいは系統維持が不可能とされている。この問題の解決には食性の解明が欠かせない。このために2つの方法,1)野外調査による成虫の食物と繁殖物質の発見,2)成虫のそ嚢に含まれる内容物の分析(糖類,酵母菌類)を計画している。研究に必要な分析機器類は本学に設置されており,そ嚢分析に必要なプロトコルも確立されているので,遂行上の困難は想定されない。 第三に,低緯度高地に棲息するクロショウジョウバエ区の季節変化に対する順応を調べる。旧大陸熱帯に起源を有する本分類群が温帯,寒帯に進出し,適応放散を可能とするには季節変化に対する適応,特に冬の寒さに対する戦略が必要不可避であるので,低温抵抗性と光周期反応についても調べたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた最大の理由は,中国雲南省での野外調査諸費(車両レンタル料,自然保護区利用料等)が節約できたことによります。中国国内の第1級自然保護区への立ち入り調査には中国の公的な研究機関との合作研究でなければ事実上難しい状況が続いています。今回は雲南大学との研究者との共同研究の一環で,そのため哀牢山・無量山自然保護区の施設利用や調査サイトまでの車両借り上げ費用(公的交通機関では調査道具の運搬とアプローチが困難)が発生しなかったことによります。 物品費類については主として希少種Drosophila calidataの捕獲ができず,この種に関するDNA分析,そ嚢内容物分析が計画どおりに進行できなかったことによります。
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次年度使用額の使用計画 |
調査旅費については,Drosophila calidataの定期的な捕獲を計画していますし,談温温帯域の渓流沿クリフシェルターからの広範囲な採集を行いますので,前年度繰り越し分を含めて旅費とします。 物品費についてはこれまでの分析用試薬類に加えて所属不明種のそ嚢内容物の分析を網羅的に行いますので,その諸費用として計画しています。2年次には得られたデータの整理と系統維持を行いますので,飼育瓶の作成と洗浄,データ入力に関しての謝金支出を計画しています。
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