研究課題
旧北区―東洋区の境界にある生物多様性ホットスポット・ヒマラヤとその周辺域で分化したと考えられる植食性昆虫とその寄主植物について、形態による分類学的再検討および複数の遺伝子を用いた分子系統解析を行い、この地域における植食性昆虫相の遺伝的分化と形成過程を明らかにし、各分類群で少しずつ異なる分布と多様化の成立要因の解明を目的とした。また、分岐年代を伴う生物地理学的情報に地史や気候変動の情報を重ねて過去を復元することで、系統分類学や生物地理学だけでなく、ヒマラヤの古地理学や古気象学に寄与し、保全生物学への貢献も目指した。具体的に平成27年度は、DNAサンプルがほぼ揃っているチョウ・ガ類(アゲハチョウ科、シジミチョウ科、カイコガ科)のmtDNAのCOI、ND5と核のTpi、EF-1alphaをPCR法で増幅して塩基配列を決定し、集団間、亜種間、種間の遺伝的分化や系統関係を解析した。並行的に上記の分類群における形態学的研究も進めた。材料収集のための調査では、年度末にブータンで1回実施する予定が諸事情(次年度使用額が生じた理由の項で説明)で調査できなくなった。代わりに、本課題の研究協力者が住む中国にて、研究打ち合わせとともにヒマラヤから続く地域での調査を行い、不足のサンプルを補充した。平成27年度の成果としては、チョウ・ガ類ではアゲハチョウ科とシジミチョウ科の形態学的研究および生態学的研究を学会にて発表した。アゲハチョウ科の成果では学会誌に一部出版した。分子系統学的研究では、メインの科研費課題の研究ではないものの、本科研での調査で得られたサンプルを用いてアゲハチョウ科Graphium属に関する研究を学会誌にて出版した。その他に、本学の駒場博物館にてチョウ類に関する特別展を開催したが、研究代表者(矢後)が本展示の監修・総指揮の立場で企画し、成果の一部を展示プレートにて解説、図示した。
2: おおむね順調に進展している
形態学的研究については、一部の植物でサンプル数がやや不十分で難航しているが、現在サンプルが充実している昆虫のチョウ・ガ類ではほぼ達成することができた。昆虫の分子系統解析に関しては、mtDNAのCOI、ND5と核のTpi、EF-1alpha以外の領域でのプライマー設計に手間取り、十分な解析には至っていないが、その他についてはサンプルの揃っている範囲内で問題なく進んでいる。植物の分子系統解析に関しては、上記のサンプル不足もあって、解析にやや遅れが生じている。研究成果の執筆や投稿、出版などについては、予定通りアゲハチョウ科で成果が上がっている他、当初の計画ではあまり期待していなかったシジミチョウ科で大きな成果があり、発表を積極的に進めてきた。海外調査に関しては、ブータンにて1回遂行する予定であったが、諸事情(次年度使用額が生じた理由の項で説明)により今年度は行けなくなったため、使用できなかった旅費が次年度への繰り越しとなった。その一方で、研究打ち合わせについては、海外の研究協力者も含めて順調である他、中国での打ち合わせの際にはヒマラヤから続く地域での調査も行い、特にカイコガ科でのサンプル入手に大きな成果を上げることができた。このように多少の障害はあったものの、全体的な研究の進み具合や成果の発表、出版等はおよそ順調で、このペースを守りながら次年度も研究に邁進していきたいと考えている。
引き続き研究協力者との連携を仰ぐとともに、昨年実施できなかった現地調査1回分を含めたヒマラヤ地域での調査を実行する。前年度にカバーしきれなかった重要な分類群のサンプル収集等に重点を置いて、サンプルのさらなる充実を図る。分子系統解析を出来る限り進めて、より精度の高い解析結果を導くためのデータを蓄積する。得られたサンプルは前年度と同様の方法で研究、解析する。分子系統解析に必要な経費(雇用も含む)やその他の消耗品費も前年度と同様である。ここまでの成果を学会にて発表するとともに、一部のデータに関しては論文執筆、出版を進める。特に未記載種(亜種)があればこの記載にも取りかかる。これらの経費も前年度とほぼ同じである。一方、研究代表者が所属する博物館のホームページ内にあるウェブミュージアム上に一部の研究成果をアップする他、企画展およびモバイル展などによる展示企画を進めることで、成果を社会に広く公開発信する。
研究材料を収集するための調査をブータンのインド国境付近にて年度末に行う予定であったが、調査予定地と隣接するインド・アッサム地方のアルナチャプル・ブラデッシュ州で、年末に武装ゲリラの蜂起によって住民76名が被害にあった。インド陸軍の特殊部隊派遣により事態は収束したが、インド国境地域に武装ゲリラの残党が潜んでいる可能性があり、この地域での調査許可が難航した。その上、年度末の直前に中東で起こった凄惨な日本人質事件により、この事件が沈静化するまでブータン政府が共同調査を目的としたビザの発効をしばらく出さない決断を下した。そのため、一部の海外旅費での次年度使用額が生じてしまった。
引き続き研究協力者に連携を仰ぐとともに、昨年実施できなかった現地調査1回分を含めたヒマラヤ地域での調査を実行する。この調査では、前年度までにカバーしきれなかった重要な分類群の収集等に重点を置いて、サンプルのさらなる充実を図る。調査地の候補は引き続きブータン、次いでネパールを考えているが、安全を第一に考えて国境地帯を避けて安全な地域を設定する。状況によってはヒマラヤ地域の安全な他国での調査に切り換えて、調査を遂行する予定である。
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