研究課題/領域番号 |
26440207
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
矢後 勝也 東京大学, 総合研究博物館, 助教 (70571230)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 国際情報交換 / 生物地理 / 植食性昆虫 / 植物 / 分子系統 / ヒマラヤ / 自然史 / 種分化 |
研究実績の概要 |
旧北区―東洋区の境界にある生物多様性ホットスポット・ヒマラヤとその周辺域で分化したと考えられる植食性昆虫とその寄主植物について、形態による分類学的再検討および複数の遺伝子を用いた分子系統解析を行い、この地域での植食性昆虫相の遺伝的分化と形成過程を明らかにし、その分布と多様化の成立要因の解明を目的とした。また、分岐年代を伴う生物地理学的情報に地史や気候変動の情報を重ねて過去を復元することで、系統分類学や生物地理学だけでなく、ヒマラヤの古地理学や古気象学に寄与し、保全生物学への貢献も目指した。 平成28年度は、研究対象となるチョウ・ガ類とその寄主植物のうち、データが不足していた遺伝子領域の塩基配列を決定し、集団間、亜種間、種間の遺伝的分化や系統関係を解析した。また、同時に研究材料の形態学的研究、分類学的研究および生物地理学的研究も進めた。研究材料の収集のための調査はネパールにて実施する予定であったが、調査の延期を余儀なくされたため(現在までの進歩状況の項を参照)、前倒し的に遺伝子解析および形態学的研究を進めた。 研究成果として、チョウ類ではアゲハチョウ科Bhutanitis属の形態学的研究と分子系統地理的研究の成果を学会で発表した。シジミチョウ科では2新種を含む中国南西部のゼフィルス類9属30種を学会発表するとともに、国際誌にて出版した。また、ヒマラヤ地域を含む日本とその周辺域のチョウ類と寄主植物のリストを国際誌に投稿中である。その他に学会等からの出版物や科学系出版社の書籍でも一部の成果を出版した。ガ類では2未記載種を含む中国南西部のトガリバ類22属78種を学会にて発表し、現在国際誌に投稿中である。 これらの成果は、研究代表者(矢後)の監修で開催されたモバイルミュージアム特別展の一部や、本館と日本進化学会大会との共同企画展示でも解説、展示および図示し、本研究の公開発信を広く行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
サンプル収集については、現地調査は不十分であったものの、現地の共同研究者による協力によりほぼ達成することができた。一部の植物でサンプル数がやや不十分で難航しているが、ある程度の目処は立っている。 形態学的研究や分子系統解析に関しては、これまで順調に集まったサンプルの範囲内では問題なく進んでいる。研究成果の学会発表や投稿、出版などについては、アゲハチョウ科、シジミチョウ科等で成果が上がっている他、当初の計画では期待していなかったトガリバ類で大きな成果があり、学会発表や論文投稿を積極的に進めてきた。研究代表者が所属する博物館の特別展や企画展でも成果の一部を展示、公開している。 海外調査に関しては、一昨年の日本人人質惨殺事件やブータン・インド国境でのゲリラ紛争によるブータン調査の延期および昨年のネパールでの大地震による調査中止と続けて不測の事態が起こり、両国への渡航ができずに終了したが、その分を当初の予定より費用が嵩んできた遺伝子解析等に割り当てて、成果の発表に重点を置くよう進めてきた。 このように全体的な研究の進み具合や成果の出版、公開等はおよそ順調で、このペースを守りながら今年度も研究に邁進していきたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き研究協力者との連携・協力を仰ぐとともに、可能であれば昨年実施できなかった現地調査を実行して、サンプルのさらなる充実を図る。また、前年度までのデータを見直しながら分子系統解析をさらに進めて、より精度の高い解析結果を導くためのデータを蓄積する。得られたサンプルは前年度と同様の方法で研究、解析する。 これまで得られた成果を統合し、ヒマラヤとその周辺域で生じたチョウ・ガ類とその寄主植物との形成過程の全体像を把握する。具体的には、複数のチョウ・ガ類とその寄主植物の系統関係を重ね合わせ、共進化や共放散のような分化の道筋を考察すると同時に、分岐年代を推定して分散時期や分断時期の一致、不一致を検討する。得られた系統地理学的情報をこれまで知られている過去の地史や気候変動と対応させて現在の分布の成立要因を考察する。 得られた結果を取りまとめ、成果の発表を国際会議や学会で行うとともに、本研究を総括した論文を中心に投稿、出版を進める。一方、本研究を総括した内容を研究代表者が所属する博物館のホームページ内にあるウェブミュージアム上に研究成果をアップする他、企画展およびモバイル展などによる展示企画を進めることで、本成果を社会に広く公開発信する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究材料を収集するための調査をネパールにて現地調査を実施する予定であったが、2015年4月下旬に発生した大地震により、しばらく調査が困難な状況に陥った。その一方で、研究協力者等によりサンプル数は予想以上に充実してきたため、旅費に当てていた分を遺伝子解析や形態学的研究に割り当てることとした。実際に遺伝子解析は当初の予定よりも費用が嵩んできている。また、今年度(平成28年度)はアメリカのフロリダで開催される国際昆虫会議にて研究成果を発表する予定で、この参加費および滞在費を当初は今年度に組み込んでいたが、これらの支払いは前年度中に済ませなければならない事情が発生したため、今年度の予算を前年度に繰り上げて使用することとなった。以上のような理由から、次年度使用額が生じることとなった。
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次年度使用額の使用計画 |
昨年度までの結果を検討しながら、分子系統解析をさらに進めて、今年度前半までに解析を終了させる。試薬、チップ、チューブ等の系統解析にかかる費用は前年度の半額以下とする。同時に実験助手の経費も減額する。 最終的な成果をまとめて学会発表するとともに、合わせて論文の執筆、出版を進める。国際会議での発表は旅費を計上する(参加費、宿泊費の支払いは前年度に済ませている)。論文出版では投稿料、カラーチャージ、オープンアクセス料、別刷代金などの費用が予想される。このことから成果発表のための費用は増額する。 さらに本館で展示を行うための経費を計上する。これには展示経費の他、チラシ、ポスターのような広告代金、簡易図録の費用などが考えられる。
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