一般に雄は多くの雌と交尾するほど多くの子供を残せるが、雌は複数の雄と交尾しても(父親が入れ替わるだけで)子供を増やすことはできない。しかし多くの動物で雌は複数の雄と交尾する。この「雌の多回交尾」の進化は行動生態学・進化生態学の重要な研究課題である。 本研究は従来あまり有効でないとみなされてきた両賭け(bet-hedging)仮説を、メタ個体群構造を取り入れた新しい視点から再検討したものである。平成30年度は前年度までの成果を学会講演・シンポジウム等で普及を図った。また「雌の多回交尾の進化に関するbet-hedging 理論の死と復活」により第9回日本動物行動学会賞を受賞した。 コンピュータシミュレーションモデルによる分析(Yasui and Garcia-Gonzalez 2016)と解析的数理モデル(Yasui and Yoshimura 2018)の両者が、bet-hedgingによる雌の多回交尾の進化の必要条件は、集団中に完全な繁殖失敗をもたらす雄が一定頻度存在し、かつ雌が雄の善し悪しを判定できないことであるという結論を導いた。独立して作られた二つの理論モデルが本質的に同一の結論を導いたことはこの理論の信憑性が極めて高いことを示している。 フタホシコオロギ実験個体群において理論を検証する実験も一定の成果が得られている。すなわち1回交尾させた雌(1雄交尾区)と異なる2~4雄と1回ずつ交尾させた雌(多雄交尾区)との間で卵の孵化率を比較したところ、算術平均適応度(各母親の繁殖を同一世代内の独立事象とみた場合)では有意差がなかったが、幾何平均適応度(世代ごとに適温・高温に変動する条件で、同一家系が複数世代にわたって繁殖したとみなした場合)では多雄交尾が有利であった。予備段階ながら交尾失敗や環境変動による絶滅を回避する保険として多回交尾が機能していることが示唆された。
|